「もしかしたら僕がSMAPで踊ってたかも知れないですよ」

これは2008年のフジテレビ系「5LDK」における、TOKIO国分太一の発言。実はファンの中で「一時期SMAPに国分太一がいた」というのは有名なエピソードであり、本人たちもたびたび出演番組でネタにしています。

「(じゃあこの6人で、と)SMAPになった時も入れ替わったりする、今TOKIOの国分太一がたまに入ったりだとか」

出典中居正広(2014年10月8日「ナカイの窓」)

実際、1988年の雑誌には当時ドラマ出演で忙しかった森且行の代わりに、光GENJIのバックダンサーを務めていた国分が応援に駆け付けているとの紹介がありました。

その紹介文を借りれば当時の国分は”助っ人”的ポジションだったと思われるのですが、その表紙にはSMAPの名前と共に「新メンバーも紹介!」との煽りが添えられていること、またその7年後に結成された同事務所のV6は実際デビューまでにメンバーの入れ替わりもあった事から、「もしかしたらSMAPで踊ってたかも」のコメントは、あながちありえない未来とも言い切れなかったのではないでしょうか。

という事もあり今回一度すごく真面目に、「国分太一がSMAPだったかもしれない説」を検証してみる事にしました。

1:年齢から見る「SMAP・国分太一の立ち位置」

SMAPの結成メンバーを生年月日で並べると中居正広(1972年8月)、木村拓哉(1972年11月)、稲垣吾郎(1973年12月)、森且行(1974年2月)、草なぎ剛(1974年7月)、香取慎吾(1977年1月)の順番になり、1974年9月生まれの国分は、ちょうど草なぎと香取の間に入ります。(草なぎ剛の同級生)

SMAPのメンバー関係を後に森且行が「(同い年の稲垣吾郎と自分は)中居君、木村君と剛と慎吾に挟まれて」という言葉で表現していますが、稲垣、森、草なぎ、国分の4人は実際全員が1973年~1974年の1年以内に生まれている、ほぼ同世代。

実際は学年的に1つ上である稲垣・森が”中間管理職ポジション”になり、草なぎは香取と年下ポジションで活動していく事になるのですが、もしも国分がSMAPに入っていた場合、誰が真ん中チーム、年少チームに入るかで、グループのメンバーバランスはかなり変わっていたのではないでしょうか。

2:「慎吾ママ」は生まれていなかったかもしれない

メンバーバランスでもう1つ考えられるのが、最年少である香取慎吾との関係。香取慎吾といえばもはや説明不要の弟キャラであり、それは年齢差はもとより「SMAP随一の童顔」だった事もかなり大きかったと考えられますが、ここで国分太一の顔を思い出してみると…やはり「グループ随一の童顔」。SMAP結成直後の写真を見返しても、当時中学生の国分、小学生の香取、明るく可愛らしい顔立ちが丸被りしています。

もしもそのままSMAPに国分が加入していた場合、グループ内で”童顔の年少が2人いる”という構図になっていたかもしれず、そうなると少なくとも外見面において香取慎吾が圧倒的年下感を醸し出せていたかは疑問。

となると後にそのパブリックイメージの延長で一大ブームを巻き起こした「慎吾ママ」「孫悟空」などのキャラたちも、もしかしたら誕生していなかったかもしれません。

3:では実際の「TOKIO・国分太一の立ち位置」はどうなのか

1980年代には一時期SMAP名義でも活動していた国分太一。しかし実際にはご存知の通り、彼はTOKIOの一員としてデビューを迎えるわけですが、上で見てきたメンバーバランスを、TOKIOで改めて見てみたいと思います。

TOKIOは生年月日で並べると城島茂(1970年11月)、山口達也(1972年1月)、国分太一(1974年9月)、松岡昌宏(1977年1月)、長瀬智也(1978年11月)の順番。面白い事に同世代の稲垣&森がSMAPで担っていた”真ん中”ポジションを、やはり同年生まれの国分はTOKIOに入る事によって、結果的に担当していく事になります。


さらに見てみると年少メンバーとの関係、実はSMAP香取とTOKIO松岡は同い年だったりするのですが、SMAP香取は子供っぽい顔立ちだったのに対し、TOKIO松岡(&最年少の長瀬)は少年時代からすでに大人っぽい顔立ち。ここで、SMAP加入で起こり得たビジュアルイメージの丸被りは、全てうまく解消。

こうして実際の国分太一は、「童顔の真ん中世代」として、アイドルグループTOKIOの唯一無二の存在になっていったわけです。

結論:SMAPとTOKIOは全員が必然的なメンバー

結局この検証で言えるのは、どっちが凄いということではなく、どっちも「絶妙なバランスの上に現在が成り立ったグループである」という事です。SMAPとTOKIOは元々同世代のジャニーズJrであり、そこから2つのグループに分かれるべくして分かれ、SMAPは結成27周年、TOKIOはデビュー20周年とそれぞれ活躍し続けています。

また、国分が正式にTOKIOになった後も、SMAPのリーダーである中居は国分と時折、連絡を取って飲みにいくなどしています。

これは昔から仲が良かった事もあるかもしれませんが、27時間テレビやスマスマ5人旅でメンバーを思い、涙する姿を見た後だと…もしかしたらSMAP中居は今でも、かつてグループの初期を支えてくれた国分の事も、どことなく気にかけているのかもしれません。

…ちなみに、2014年11月2日に行われたTOKIOのデビュー20周年記念ライブで、当の国分太一はこのようにコメントしています。

「TOKIOは5人だけでなくここにいる全員がTOKIO。その覚悟で一生ついてこい!」

出典 http://www.oricon.co.jp

SMAPを経てTOKIOになった男のそのシャウトは、とてつもなく熱い。

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twitter→ @drifter_2181 / 1983年生まれ。北海道在住。2012年にブログ「小娘のつれづれ」をスタート、2014年からはフリーライターとしても活動。デビューから応援しているアイドルの再評価をきっかけに、新規 / ライトファンを意識したエンタメ記事を日々研究しています。

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