クレイグ・グロッシは、夜の暗闇に紛れて、ヘリコプターでアフガニスタンのサンギン地区に到着しました。

太陽が昇ったと同時にタリバンの戦闘機が彼の部隊を攻撃してきたので、グロッシは、生き残るために必死でした。

「それは今まで私たちが経験したことのないような激しい戦いでした。私は数日間、ただ自分自身を擁護するのに必死だったのです。」とグロッシは当時を振り返りました。

激しい戦闘が落ち着きを見せた時、ようやくグロッシは周囲の状況を見渡す余裕ができました。「我々は何年もアメリカ人がいなかった地区にいました。そこで私は大きな頭と小さな足を持った1匹の犬を見かけました。」

アフガニスタンで犬を見るのは不思議ではありません。たいがいの野良犬は、人間に対して攻撃的でした。でも、この犬は違っていました。

彼はどの群れにも属していませんでした。彼は自給自足のような生活を送っていました。食べ物の欠片を見つけたら、それをくわえて彼が寝床としている茂みに運んで食べていました。彼は子犬の時から、自分に対して自信をもっていたようです。

アメリカ軍は、このような犬に近づかないようにするという規則がありました。グロッシもそれを守っていました。グロッシはただ、この犬を見ていただけでした。彼は誰の犬でもありませんでした。

そのうち、グロッシは犬に近づかないという気持ちを抑えることができなくなっていました。規則を守れない自分に気が付いたのです。

グロッシはビーフジャーキーを手に持ち、慎重に犬に近づきました。犬に近づいてみて判ったことは、この犬はとても汚れていて、たくさんの虫がついていたことでした。

でも、近づいてきたグロッシに対して、犬はとても驚きの行動をとったのです。尾を振り喜んだのです。

グロッシがビーフジャーキーを差し出すと、犬はとてもお行儀よく食べました。

「何故、こんなに人懐こい犬のことを世界の誰一人として今まで気にしていなかったのか?」とグロッシはその時思ったそうです。そして、犬の耳の後ろを掻いてやりました。すると犬はそれを受け入れ、喜んでくれたのです。

グロッシは立ち上がり、歩き始めました。すると犬はついてきたのです。通りの向こう側から仲間が「友人ができちゃったようだね!」と叫んできました。それに対してグロッシは「これは”フレッド”だ!」と答えました。

それは、犬に名前がついた瞬間でした。

これは壮大な救出物語の始まりでしたが、グロッシはまだこの時は何も考えていませんでした。

彼と彼の部隊は、戦争の真っ只中にいること、それが彼らが置かれていた現実でした。

夜になると、彼らは町の住民たちの無事を確認するために見回りをしました。

タリバンは、攻撃を避けるために、住民たちの住宅を「人間の盾」として避難所に使用していたため、住人たちは常に危険に晒されていたのです。グロッシたちはそんな住民たちをタリバンから守るために戦っていました。

「夜、見回りを始めると、フレッドがついてきました。」とグロッシ。 しかし、彼と他の海兵隊は、フレッドが吠えて敵の注意を引くかもしれないと心配していました。 「しかし、フレッドは吠えないことが分かりました。彼は決して音を立てなかったのです。」

グロッシは、フレッドと出会った最初の瞬間から、彼のことを愛していたと語りました。

しかし、グロッシたちの部隊に、移動する時が来ました。部隊は、一度アメリカ軍の基地に戻ってそこで数日間休息をとった後に、また別の地区に配置されることになりました。

グロッシは、移動する前日の夜、フレッドの傍に座り、どうするべきかを考えました。

グロッシはフレッドに話しかけました。「もし、君が僕たちの元から去りたいのであれば、それを僕に何かサインで知らせておくれ。」と。

翌朝、ヘリコプターが迎えにきました。グロッシたちはすべての荷物をまとめてヘリコプターに乗り込むために、ヘリコプターの風圧で砂埃などが舞い上がる中で待っていました。すると、グロッシはなじみ深い温かみを彼のかかとに感じたのです。それはフレッドでした。フレッドはヘリコプターの起こす風圧の中で、怖がりながらもグロッシに近寄ってきたのです。

それがフレッドのくれたサインでした。

「よく判ったよ!一緒に行こう!」とグロッシはフレッドを抱きかかえ、ダッフルバックの中に入れました。

「もし、フレッドと一緒に捕まれば、私は監獄行きとなっていたことでしょう。」とグロッシは当時のことを思い出して語りました。

彼が基地についた時、彼の友人のピックアップトラックにフレッドを乗せて隠しました。そしてそのまま駅の方にドライブしていると、彼らの目に運送会社の”DHL”の黄色に赤のサインが飛び込んできたのです。「それは凄いタイミングでした!」とグロッシ。

その夜、グロッシは再び駅のDHLのオフィスに行きました。そして、グロッシはあくまで仮定形で、彼らに質問しました。

「もしも、私が犬を所有していたとしたら、アメリカに送るにはどうしたらいいですか?」と。

グロッシは何度も何度も「もしも私が」「もしも私が」と仮定形であることを強調したのです。

DHLで働いていた人たちは、様々な国から来た人たちでした。アフリカや東洋など世界中から来た人たちでした。何故なら、彼らはここで働くことでお金をたくさん稼ぐことができ、それを故郷の家族に仕送りできるからでした。

彼らはジッとグロッシのことを見て、そして、一言、こう言いました。「犬を連れて来て下さい。」

グロッシは、もう基地に戻らなければいけない時間になっていたため、フレッドをアメリカに郵送するための書類を書く時間がありませんでした。DHLの人たちは、グロッシが戻ってくるまで、フレッドを預かってくれると約束してくれました。

しかし、まだ問題がありました。グロッシはフレッドをアメリカに輸送するためのクレート(ケージ)をもっていませんでした。それをどこにも見つけられないでいたのです。

ある日、基地のカフェテリアで軍用犬の世話をしていた海兵隊がグロッシに手を振ってきたのです。グロッシは彼のことを知りませんでした。でも、その海兵隊はグロッシがフレッドを助けようとしていることを知っていました。そしてこう言いました。「私もフレッドを助けたい。」と。

そして、フレッドの輸送のために必要だったクレートをその海兵隊が提供してくれました。これでフレッドをアメリカに輸送するために必要な準備はすべて整いました。

しかし、グロッシは、再びすぐにDHLに戻ることはできませんでした。

グロッシはフレッドをDHLに預けた後、砲弾にあたってしまい、頭部を負傷してしまい入院を余儀なくされていました。回復したフレッドは病院のベッドの上でフレッドのことを考え続けていました。

退院後、すぐに駅のDHLに駆け付けましたが、フレッドの姿はどこにも見当たらず、不安になりました。

「私は駅の周りをフレッドの姿を探して歩きまわりましたが、フレッドの姿を見つけられず、心配になりました。その時、DHLのスタッフたちがサッカーをしているのを発見しました。すると、彼らの中で走り回っている元気な姿のフレッドがいたのです。フレッドはDHLで働く世界から集まってきたスタッフの中で走り回っていました。これは普遍的な瞬間でした。」

グロッシはフレッドに対して迅速に試験をしてくれる獣医を見つけました。そして彼はフレッドが渡米するための書類を手に入れました。これでフレッドはアメリカへと飛び立てます。

フレッドの輸送までの動画です。

フレッドはDHLによって、無事アメリカのニューヨーク、JFK空港に到着しました。グロッシの家族がバージニア州からドライブしてフレッドを出迎えました。

「たくさんの人々達の善意でこの犬は無事、アメリカに到着することができました。」とグロッシは語りました。

フレッドが米国のグロッシの家族の元へ到着してから、3か月後に、グロッシも無事帰国することができました。そして1人と1匹は再会をとても喜びました。

グロッシは、しばらく政府の仕事をしていましたが、学校に行くことを決め退職しました。

2015年夏、グロッシとフレッドは8週間かけてアメリカ大陸横断の旅をしました。旅の目的は、この話を興味がある人たちに話すことでした。

愛犬と一緒に平和にこうして暮らせることに対する価値は計り知れないものがあります。

今年5月にジョージタウン大学を卒業したグロッシさんは、もともと興味があった執筆活動を行っています。現在、アフガニスタンでのフレッド救出劇について書いています。

私はフレッドについて書くために同じような犬の話を読んでいるのだよと、フレッドに説明しました。するとフレッドはその本に歯型を付けてくれました。

「私は昨年の夏、旅に出た時にフレッドとの話をいくつかのバージョンに分けて話しました。するとどのバージョンも人々が興味を示してくれたのです。それは本当に嬉しいです。」グロッシさんは最後に語っています。

彼の本が出版されるのが、とても楽しみです。

参考資料

このお話をここで掲載すること、インスタグラムのリンク、更に写真に関してグロッシさんとメールでコンタクトをとり、すべて許可を得ています。

グロッシさんからは、”自分たちの話を日本の人々に知っていただけることがとてもうれしい、取り上げていただきどうもありがとう”とお返事をいただいています。

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最後まで読んでいただきありがとうございました。

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