日本表面上は平和なは小さな島国

私たちはとても平和な世界に生きている。平和な世界といっても、日本が平和な国だということだ。いや実際には平和ではないのかもしれない。表向きだけの作られた平和と言っても過言ではないだろう。
嫌なニュースはあとを断たない。連日ワイドショーを賑わせる。人が殺されたという最悪なニュースも毎日のように報道される。政治家の不祥事も絶えない。メディアは政府の顔色を窺って都合のいい報道しかしないようにも見える。視聴率が取れればそれでいいという風潮もある。

臭いものににふたをするだけではだめだ!

この世界は美しい。私はそう思いたい。そう思いたくても目を覆いたくなるような、汚い部分もたくさんある。この世界は美しいものであふれているはずなのに、人間はどこまで醜くなってしまったのか。
争いのない世界。それはあり得ないことなのだろうか。
人を殺すことが悪いことだと言い、殺せば刑に課せられる。しかし戦争で人を殺すことに関しては別なのだ。
同じ人殺しではないのか?どうして同じなのに罪にはならないのか。戦争だから人を殺していいのか?殺された人の家族の苦しみは戦争だろうとなんだろうと同じだ。

人間など所詮は欲の塊。

争いのない世界を望むことは悪いことなのか?幸せになることは悪いことなのか?自分の幸せが一番大事だとしても誰かを苦しめてまで得た幸せでいいのか?

人は欲の塊なのだ。それは紛れもない事実。幸せになりたい、お金が欲しい、地位が欲しい。当たり前の感情なのだ。しかし、そのために手段を選ばないことは間違っている。人の幸せを踏みにじってまで自分が幸せになりたいのか?確かに私たちは常になにかを犠牲にして生きている。犠牲になるもの、犠牲にするものは人それぞれだ。しかし死という犠牲はあってはならない。

戦争なんてなくなればいい。戦争だって一握りの誰かが利益を得るために繰り返されているものなのだ。あの領土が欲しい。手に入れることができれば、利益が出る。そんな思惑から戦争は起きる。その一握りの誰かのためにどれほどの人が死ぬのだろうか。
それは仕方のないことなのか?“生きたい”“幸せになりたい”そう思うのは誰も同じ。

醜く美しいこの世界。

この世界は醜く美しい。地球に住む人たち、全員の幸せなどあり得ないことはわかっている、理解している。その国によって状況、生まれによって幸せはそれぞれ違う。嬉しいことだって人によって違う。それでも笑って暮らせないことほど寂しいことはない。


私も幸せになりたい。
そして、すべての人が幸せになればいいと思う。
笑っていることが当たり前のような幸せな世界になればいい。

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