勝安房が変態?

いきなり唐突の文言ですが、この文面が示しているとおり、勝安房(海舟・安芳)にあった変態と記された文書の内容が面白かったので紹介いたします。

岩倉家文書108『諸件雑集』より

出典国立公文書館蔵;筆者撮影

もちろん内容的には誤解された方も多かったと思いますが、『忽ち人気変態を顕し殆ど将に為す有らんとするものの如し』(意訳)とあり、その前文に『高知県下民権社会』とありますように、思想の変化、特に主権より民権派に移る際に用いられた言語だったということです。

すでに高知県では自由民権運動が起こっており、天賦人権論が席巻していた時期になります。天皇主権国家として成立している明治政府にとってはこの「変態」をとても恐れた時期でもあります。

明治10年という年に勝海舟は疑われていた?

この文書はあえて『変態』で注目していただきましたが、実は明治10年(1877)における西南戦争で、日本の政権が揺れた年でもありました。そのため、野に下った人望のある人物を政府が調査していたことを示す文書になります。

文中に出てくる中條階蔵は中條潜蔵で幕臣時代は、金之助、晩年は実名の景昭と改名した人物です。

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在野の歴史研究家です。主に幕末維新史を中心に活動しております。昨年は『斎藤一~新選組論考集』の執筆、編集を行い、子孫の縁を経て、斎藤一の写真を公開する等、メディア活動を行っております。

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