発達障害への配慮を学校に求める場合に押さえておきたい事

我が家は70代、40代、10代の女系3代、アスペルガーと言われる家系です(^_-)-☆

「率直さ」はアスペの美徳と自認する私が、この春に小学校を卒業した発達障害児の保護者として、これから小学校へ就学されるみなさまや、今現在、小学校との関係に悩んでおられるみなさまに「小学校との付き合い方」のポイントをぶっちゃけたいと思います。


簡単にまとめると次のとおりです。

「就学前に学校へ電話し校長先生に面談を求める」

「学校との面談には母親一人で行かない(必ず夫か祖父母、支援者などを同伴)」

「保育園や療育施設の関係者、精神科医などから学校に情報連携してもらう」

「子どもの特性やその他の事情、求めたい配慮は文書で提出する」

「提出する文書は校長、担任、養護教諭など宛先を明記し複数持参」

「誰にでも学校教育を受ける権利があるとはいえ、学校も無い袖は振れないと心得る」
 (対応能力がない相手に強硬に要求しても、現実的成果は得られない)

「教師も労働者であり能力も千差万別である、可能な範囲の協力に感謝する」

「自身の教育方針や見通しを伝え、責任は親が取るという姿勢を明確にしておく」

就学前に学校へ電話し校長先生と面談

入学前に校長先生とお話ししておくのはとても基本的なことなのですが、意外と気がつかないかもしれません。兄弟児さんがすでに在籍していて小学校とのラインが繋がっており、校内の様子がわかっていて情報も集められる方には当たり前のことも、初めてのお子さんを入学させる場合にはなかなかハードルの高い部分があります。小学校の電話番号を調べ、「来年入学予定の○○町の○○の保護者の○○と申します。子どもの発達に関して校長先生にご相談させていただきたいのですが、お時間をいただけませんでしょうか?」と言いましょう。まさかこれで校長先生につないでもらえないとか、時間を取れないと言われるようでは、個々の児童に対する配慮、対応力のレベルについてはかなり覚悟した方がいいかもしれません。

就学前に校長先生と繋がっておくべきだというのは、私も自分で気づいたわけではなくて、療育施設の保護者交流会で先輩のママたちに教えてもらいました。ママ友ネットワークの情報によると、校長先生とのアポを取るのに一番適切な時期は、就学前の夏休み中だといいます。小学校の先生というのは実は大変な激務であり、たとえば今のタイミングは秋の行事が立て込んでいるので、校長先生にゆっくりお話を聞いてもらうにはベストな時期とはいえません。それでも、入学までにはまだ時間はありますから、なるべく早い時期に面談の希望を申し入れて、お時間をいただけるのを待ちましょう。小学校の雰囲気や対応は、校長先生によるところが大きいと認識して、臆さず、遠慮せず、ここはしっかり話を聞いてもらいましょう。

ここで一つ注意するべきことは、校長先生も公務員なので移動というものがあり、せっかくしっかり話をして安心していても、来年度の入学時にお世話になれるかどうかわからないということです。それでも、前もって子どもの状況を共有し、可能な選択肢や配慮、支援について整理しておくことは重要です。「何度も同じ話をさせられる」「あんなに頑張って時間をとったのに、全く申し送りがされていない」という不満もよく耳にします。私の考えではそれくらいは想定内の事として、最悪の場合でも「昨年度中から前の○○校長に何度かご相談させていただいていたのですが・・・」の一言を言うためだけにでも、校長先生と話しておく値打ちがあります。先生方の離着任についての情報は、3月の最終週まで公になりませんし、担任の先生については4月の入学までわかりません。ですから、前もって小学校と繋がっておくことに加え、3月の終わりにもう一度連絡し、校長先生が留任されるかどうか、離任される場合は教頭先生や養護教諭の先生との連携、新校長への申し送りをあらためてお願いしておきましょう。

小学校へ面談に行くときには母親一人で行かない

就学前に相談に行く時には、必ず夫婦で一緒に行くか、子どもの発達について認識を共有できている祖父母の誰かに同行してもらいましょう。もし、夫や祖父母がどうしても時間が取れないとか、発達障害についての理解に欠ける場合は、発達支援センターの相談員、療育施設の支援者、保育園や幼稚園の園長先生など、子どもについて一緒に説明してもらえる人に同行をお願いしましょう。

アスペの私にはっきり言わせると、このポイントはとても大切です。学校や教員を信用していないとの反感を買いそうですが、話がまっすぐ通じたらとても運とご縁に恵まれたと感謝すべきであり、始めから話が通じなくてもダメージを受けてはいけません。まず、学校の先生というのは物凄くたくさんの子どもを、日常的に見慣れている人々です。しかも校長先生ともなれば、何十年も子どもたちを見続けてきた専門家として独自の見識があって当然なのです。とはいえ、先生方が良く知っている大多数の子どもたちと、あなたの子どもは違うのでしょう?違うところがあるから前もって相談したいわけですよね?それを相手に分ってもらう第一歩で、壁に当たることだって珍しくないのです。

「そう、ご心配なさらなくても大丈夫ですよ。」
「子どもはたいていそういうものですよ。」
「いろいろなお子さんがいらっしゃいますから安心してください。」
「入学されてからだんだん変わっていかれますよ。」

などと言われて、子育てに不慣れで神経質な母親として、なだめられて終わるわけにはいかないのです。複数で面談に臨むことにより、話の内容に客観性があるという説得力が増しますし、教育熱心で家族関係もしっかりしている、あるいは、しっかり専門家のサポートを受けているという印象で話を聞いてもらうことができます。

こんなことを書いて孤軍奮闘しているあなたをさらに追い詰めたいわけではないのですが、このポイントは本当に重要です。もし、どうにもならないなら、次のポイントはしっかり押さえてください。

保育園や療育関係者、精神科医などから情報連携してもらう

先の母親一人で面談に行かない事とも通じますが、子どもの状態や特性に関する第三者の客観的所見というのは非常に重要です。母親の目から見た子どもについての情報を、「鵜呑みにしない」というのも一つの見識なのだと受け入れざるをえません。ですから、保育園や幼稚園、あるいは療育施設の先生にお願いし、子どもの特性や状態について直接学校へ連携してもらうことをお願いします。また、精神科の主治医がいるなら「診断書」ではなく「所見」のようなものを書いてもらいましょう。児童精神科の先生はこういう事には慣れていますから、学校へ直接連絡して面談を持ってくださったり、関係者を集めてのミーティングを設定してくださる場合もあります。子どもの発達検査の記録を開示するか、しないかなど、学校との関係が出来ていない段階では保護者の判断も別れるでしょうが、私の場合はすべて開示しました。それが常に一番いい方法だとは思いませんが、検査の結果などは子どもの特性や状態を説明し、相手に具体的な配慮を求めるための材料くらいに思っています。なにはともあれ、すべては「お願い」に「説得力」を持たせるためだと割り切りましょう。

共有したい情報や要望は文書にする

子どもの特性やその他の事情、求めたい配慮については可能な限り具体的に文書にして提出します。その場合、複数部のコピーを準備して、担任、養護教諭、教頭、校長などと宛先を明記して提出することをお勧めします。「あんなにいっぱい話したのに全然話が通じていない」、「たいへんな手間をかけて文書にまでしたのだから、学校全体で共有してくれるのが当然なのに」という不満も聞いたことがあります。しかし、面談という双方向の作業と記録という作業の間には、必ず抜け落ちてしまうものがあります。また、発達障害などという機微な個人情報を、どこまで共有するかというのも校長によって判断の分かれるところだと思います。

あなたが私と同じように、少しでも自分の子どもについての正確な理解と、適切な配慮を学校内全体に求めたいという考えであるなら、「情報は文書で」「文書は複数コピー」を強くお勧めします。確かに、文章にするのは大変ですし、後に残るのが不安だという方もいます。でも、文章にしておけば後々の資料にもなりますし、申し送りや引継ぎの際にも役に立ちます。また、「この文章は先生方で共有していただいて結構ですので」と申し添えるときにも、誰かの独断で握りつぶされないという保証になります。またまた、学校や教員を信用していないという反感を煽りそうですが、実際、担任から校長へ、あるいはその逆に「話が通っていない」というのはよくあることなのです。まあ、これはどのような場所でも人間の集まるところである限り、人間関係や個々の相性で起こりうる問題です。校内の風通しのよしわるしは校外からは、特に付き合いの浅い段階ではうかがい知れませんので、本当に伝えたい、共有して欲しいことは「文書」で「複数」用意しましょう。

配慮に対する要望は具体的に、でも、全部通るわけじゃない

この子には「どういう特性があります」という話はし易いですし、ある程度は共有もし易いと思います。しかし、「だからこうして下さい」「こういう場合はこのように対応してください」というのは言い出したら切りがなく、整理して伝えるのは簡単ではありません。結局、すべてを伝えきれるわけではありませんし、先生方にも個性があり裁量も必要です。ですから、問題になる可能性が高いと想定されることや、実際にことが起こってからの対応が一つ一つの「具体的な要望」になります。とはいえ、自分の子ども一人を生まれた時から見つめ続けてきた母親と同じレベルの対応を、数十人の子どもを相手に学級運営をしつつ定められた学習指導要領をこなしている先生に求めるのは無茶なことです。

「義務教育なんだから家の子にもちゃんと対応してもらう権利がある」、「仕事なんだし、プロなんだからちゃんと対応するのが当然だ」というのはよく聞こえてくる主張です。しかし、アスペの私にぶっちゃけることを許してしまうなら、今のところ日本の公立小学校の先生の基本的な仕事は、個々の発達障害児のニーズに対応することではないと思います。「やる事になってる」し、「やれてる人もいる」けれど、すべての教員が非常に多様な発達障害児の特性と、その指導法について知識や経験を持っているわけではありません。というか、知らない、分っていないのが普通です。また、学校という空間のインフラも、求められている指導内容も、基本的にすべて定型発達の同年齢集団を想定したものなわけです。しかも、学校の先生たちに求められている計画書や報告書作成などの事務量は膨大で、プラスαで高難度の仕事をできる人もいるでしょうが、うまく出来なくても当り前だと思うのです。だって、もともと学校というのは発達障害の子どもたちの教育のためにデザインされた場所ではないのですから。

もっと基本的なことを言えば、支援学級、支援員、通級などなど、現状で使える制度の適用や運用についての希望や要望、すでにして不満もあると思います。しかしこれにも地域格差があり、校長の方針や教育委員会の指針などそれぞれで、必ずしも要望通りにならないのが現実です。結局はそれなりに情報が共有できたところで、現場の個々人の能力や情熱、センスにかかっているのが今の日本の小学校における発達障害児教育の現実です。

これらを踏まえたうえで、可能な範囲の要望に対応してもらい、子育てについて協力関係を築いていくというのが現実的な目標です。学校もない袖は振れないのです。

そんなわけで、現場に専門知識のある教員を増やし、この現状を変えたいと思う方は下記のキャンペーンにご賛同ください。

最後は自己責任だという覚悟を学校に伝えておく

さてさて、学校との付き合い方についていろいろと書いてきましたが、実は私の娘は6年間「形式的には」不登校で過ごしました。それでも、娘の小学校には6年間の長きにわたり放課後登校や支援員さんの手配など本当によくしていただきましたし、現在通う少人数制の公立中学校への進学にあたっても、たくさんのご支援をいただきました。

本当にありがたいことに、地域の小学校ではこの六年間、
自己肯定感を育て安心感を積み上げるという私の方針に、
最大限のご協力をいただいてきました。

4歳で保育園へ行けなくなり発達障害の診断がついた娘は、
小学校入学時には酷い二次障害で引き籠っており、
週に1回30分の放課後登校も、
行けたり行けなかったりで大変でした。
無理に連れては行かないものの、
家から出ること自体がストレスで、
学校へ行った日は帰宅後に荒れ狂ったりして、
家族のストレスも相当なものでした。
それでも学校と繋がり続けようとしたのは、
娘の中で学校を得体の知れない場所にしたくない、
家の外に一つでも安心できる場所を増やせれば・・・
そんな願いがあったからです。

私たちは小学校と幸運な出会いをしました。
集団学習や集団生活という学校本来の機能は娘のニーズに合いませんので、
当初は学校に何かしてもらえるという期待はありませんでした。
それでも入学当時の校長先生は
「何か私たちにできることはありませんか?」
と、私たちに関わろうとしてくださいました。
低学年のころは自分の興味や空想のおもむくままに、
何時間でも一方的に話し続ける娘と毎日付き合い、
私も家族もとても疲れていました。
たとえ1週間に30分でも1時間でも、
家族以外の大人に娘の相手をしてもらえることは、
私や家族にとって大変ありがたい事でした。
徐々に担任の先生との信頼関係が構築され、
保健の先生や校長先生ほか安心できる先生方の数が増え、
たまには学級活動に参加したりもしながら、
少しは登校を楽しみにできるまで長い時間がかかりました。
先生が変わるときにも丁寧な引き継ぎをしてくださり、
学校の対応が突然変わるようなことはありませんでした。
6年間で4人の担任の先生と2人の校長先生にお世話になり、
4年生からは娘のために学生ボランティアさんも手配して下さいました。
何年間も毎週、車で送り迎えして校門で待機していましたが、
今では登校時間になれば自分で歩いて学校へ行きます。
あたり前の事だと思われるかもしれませんが、
この現状は私たちにとっては夢のような喜びです。

今の日本には娘の発達特性に合った学校というものがなく、
世間的には不登校児童でありながらも、
娘が「学校」に対して悪いイメージを持たずに来られたのは、
学校で傷つけられた経験がないからです。
みんなが行く学校に自分だけが行けないのに、
疎外感や劣等感、罪悪感を持つことなく
あるがままの自分と外の世界を受け入れて行く過程で、
小学校との関わりは大きな支援になりました。
地域の小学校にも自分の居場所があり、
自分は先生たちに大切にされている。
その経験は娘が安心感を獲得するうえで、
とても貴重な財産になりました。

出典 http://ameblo.jp

この文章は娘の卒業間近のころに書いたブログの一部ですが、私たちは運とご縁に恵まれていたのだと、娘の小学校にはただひたすらに感謝しています。

私は私の子育てにおいて学校という施設を利用させてもらいました。娘の小学校の先生方には、「この時期には自己肯定感と自尊感情、安心感を育てることを最優先にしたい、その為にはそれ以外の様々な課題は大胆に切り捨てる」という私の方針を尊重していただき、私の子育てを支援していただいたという事です。

私が娘を小学校へ行かせないと決めたのは、今の学校制度の枠組みと公立小学校の空間においては、どれほどの理解と配慮があっても娘に必要な環境は手に入らなかったからです。それは、私の娘の場合であり、学校へ行く方がいいとか行かない方がいいという話ではありません。ただ、その程度の利用であり関わりであったとしても、小学校と良好な関係を維持して繋がり続けるためには、たくさんのぶっちゃけポイントが役に立ったということです。

最後に、一番大切なポイントは以下の通りです。

「自身の教育方針や見通しを伝え、責任は親が取るという姿勢を明確にしておく」

様々なタイプがあるとはいえ、発達障害児を育てていれば、日々の子育ては手探りですし、人様にご迷惑をかけたり子育てについて非難、批判される機会もたくさんあるでしょう。それでも、可能な限りたくさんの人に関わってもらい、支えてもらい、我が子にとってのベストを模索していく。その為には自身の教育方針や見通しを持ち、ぶれずに実践しつつ、周りや学校にも伝え、最後は親が責任を取るのだという姿勢を明確にしておくことです。だって20年後も30年後も、子どもと関わり続けていると決まっているのは親だけなのですから。私たちは何より大切な自分の子どもの人生を賭けて、日々の子育てをしているのですから。

その覚悟と誠意をもって、小学校とも良好な関係の構築を目指しましょう。

追伸:ダメだと思ったらさっさと見切りをつけましょう(笑)

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中高不登校で大検から大学進学。大学卒業後、中国、英国留学を経て外務省、NPOなどで働き、現在は生命保険代理店として活躍中(?)。中国人の夫は活動系アーティストで家に帰ってくるのは年に2~3度。大事な娘をファザコンにしてしまう格好いいだけの男。彼も間違いなく発達障害だと思う。発達障害で学習障害の娘を小学校へ行かせずに家庭で独自の子育てに邁進。アスペな娘はすくすくと育ち、中学校は1学年数人という超小規模校へ進学。自身も発達障害で学習障害、現在はうつ+ADHDの診断がついてますが、仕事に子育てに少しは介護というかなり多忙な日々を送っています。
今では浅はかでバカっぽい私ではありますが、命を懸けて精神的苦痛と闘っていた頃もあるので、同じようなタイプで今を苦しんでる人たちに、自分の言葉を届けたいと思って。

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