離婚したあとや、恋愛中に買った物、共有で使っていた物って別れてしまった後の仕分けで迷う事ってありませんか?

恋愛中に、プレゼントされた物や一緒に購入した物を別れる事になった時にどう仕分けするか?迷う事が1度は経験があるのではないでしょうか?

それが、離婚となると、夫婦として共有していた物になれば
尚更、処分するのか、思い出の品を捨てずにとっておこうと思うのか?

これは、女性と男性でもかなり行動が違ってくると思いますが、
基本的には個々の性格が大きく現れる「機」だと思います。

思い出の写真を捨てる?捨てずにとっておく?
それまでの二人のやりとりになっていた思い出の詰まったメールや手紙など、
きっぱりと削除、出来ますか?

恋愛していた人との思い出を残したまま、次に新しく好きになった人が現れてから捨てる人もいるでしょうが、私は別れるという事を決心した瞬間に全ての物や場所から遠ざかりたいと思うタイプです。

私の場合、一緒に買った物、写真、メール、全部処分します。
そして、転居もします。

一緒に過ごした部屋で、いちいち過去の彼の事を思い出す場所で新しい気持ちには
なれないからです。

中には、とても合理的に考える人もいると思います。

例えば、高価な物をプレゼントされたとします。
捨てずに売りに出すか、思い出など全く関係なく使い続けるタイプの人がいると
いう事です。

これは合理的に過去を頭から抹殺出来るのでしょうか。
元々、そんなに愛情が無かったのかもしれません。
どのような方法であっても、恋愛中の思い出というものは、良くも悪くも残さないのが
ベターな気がします。

恋愛中にもらった物や私物と、「離婚」した後の私物では大きく違ってくると思います。

なぜなら、
基本的には、離婚した後の家財などは共有財産となるからです。
プレゼントでも例えば、明らかであれば私物とみなされる物があります。

どの家具をどちら側の物と判断するのか?
TVやベッドなどならまだしも、
家や車となると簡単に「どうぞお持ち下さい」とはならないでしょう。

ちなみに、
私が離婚した際は、私物を手にするまでに4年という歳月がかかりました。

私物とは、衣類、結婚前から持っていた物、明らかに女性の物と判断されるような物です。私の場合は、子供もいましたので、明らかに子供の物も、私物と判断されます。
これは、別居中にも言えます。

ただ私の場合は、4年も過ぎて離婚が決定したので、
大事に保存しておこうと思った物?あるわけがありません。

唯一、子供の写真やネガだけは1枚残らず持ち出しました。(弁護士立会いの元です)

今の時代は、全てパソコンなどで保存も出来ますし身軽に行けるなぁって思います。

裁判離婚とは、裁判で決まった事に全て従います。
私が欲しいと思っても、必要無いと思っても、裁判の判決の中で全て決まります。
ただし、場合によっては、離婚が決定後に弁護士同士で私物などに関しては決める事も可能です。
協議離婚する人は常識的な判断の元、融通がきく場合があります。
裁判離婚と違って、時間もお金もエネルギーも格段の差があると言っていいでしょう。

余談ですが、私は
婚約指輪と、結婚指輪は、生ゴミに捨てました。(本当は燃えないゴミですよね。)

私にとって、離婚した相手が購入した物は生ゴミ以下の価値しかありませんでした。
いらないと主張しても、裁判で共有財産などは分けられました。

家や車というのは、ケーキのように切り取る事が出来ないので現金に化けるわけですが
その現金すら、受け取って当然という気持ちよりも、もらいたくない
汚いお金だと当時は思っていました。

「暴力を我慢して受け続けたから、このお金をおまえにやるよ。」
投げ捨てられたような意味のお金に思えたのです。
その中には相手の笑った顔までもが、くっついていたように当時はとても強く感じました。

心に傷がつくとはこういう歪んだ考え方にまでなってしまうという事です。

裁判では、4年という歳月をかけて行った「離婚裁判」

裁判が終わった後、裁判記録」というものが、分厚い本のように残っていました。
それらは、離婚が決定した時に私を担当した弁護士事務所で最長5年は預かってくれるという方法か、私が持ち帰るか、どちらかを選べました。
私は、持ち帰る事を選びました。

そして、あれから約15年。
1度もその裁判記録の中も、私が出した陳述書も、
当時書いていて裁判の証拠の為に出した日記等。
相手側や、その家族が書いてだしてきた陳述書。
六法全書よりも分厚い裁判記録。

なぜ、私はそれだけを処分せずに十何回以上も転居しても、持ち続けてきたか?
この15年開いて読む事はありませんでした。

「お守り」
私にとっては、お守り以上の物だったように思います。

あの時の悔しかった気持ち、苦しかった時間、孤独だった心の中、
あれ以上に苦しかった事は無いでしょう?と
自分の心の中に問い出す事の出来る、唯一のお守りになっていたのだと思います。
初心に戻るとでも言うのが本音に近かったかもしれません。

昨日、私はその裁判記録を全て出して、自分の手で破り処分しました。

「お守り」がなくてももう大丈夫。
そう思えるようになるまでに、15年もかかってしまいました。

きっと、これからの人生の中でも困難があるのかもしれません。
ただ、15年。私の中の区切りとしてあの苦しみを処分すると決めました。
幸せとは、人によって形も考えも違うとわかっています。

他人から見て不幸に見えたり、幸せそうに見えたり。
でも、心の中は本音は本人にしかわかりません。

恋愛して、別れがあり、結婚して、離婚となってしまったカップル。

私物がなくても、大事であれば心の中の思い出はずっと残るでしょうし、
忘れてしまう時が来たら、私物があっても相手を思い出す事は無いと、
そう、今の私は思います。

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シングルペアレンツとして、子育ても終わり自分の時間をたっぷり持てるようになりました。
世界や世の中、社会で起きている事に敏感に反応するのは、DV生活から海外へ逃げた勇気が持てたからかもしれません。

ここには、私の幼少期から今に至るまでに経験したり観たり聴いたりした事を、
社会へのメッセージとして書き綴っていきたいと考えています。

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