テーマは陪臣や代官

意外に有名な幕臣ばかりが語られますが、実際にはその幕臣たちも彼らがサポ-トしておりました。

案内

出典筆者蔵

第1回は斎藤一

斎藤一は新選組隊士として働き、慶応4年(1868)、甲州で近藤勇と土方歳三と別れて会津へ向かいました。そのとき会津より享けた恩を忘れず、晩年まで会津に忠義を尽くしたことでも有名です。彼の実家は幕臣の公用人山口家で、晩年の職歴からその素養が窺えます。

福島民報より

出典筆者蔵

本レジュメには斎藤一の写真も紹介いたします。

第二弾は佐々井半十郎

本来なら2月に行う予定でしたが、順延して叶いました。半十郎をもって再興された佐々井家、その才能から各地代官を経て、テロリストとも対決することも暫し、最後は新選組・近藤勇との対決がありました。こうした波乱の生涯をお伝えします。

第三弾は横倉喜三次

近藤勇の処刑の際、介錯したのが旗本岡田家家臣、横倉喜三次です。幕臣の家来ながら武芸を極めた彼は、岡田家のなかで主に諜報を担当しました。その諜報活動により、鳥羽伏見戦争後に旗本としては早々に新政府に帰順しました。その政府軍のなかに横倉は一目置かれた存在となっておりました。

横倉家の佩刀(二王清綱ではない)

出典筆者撮影

申込みは個別でもOK

なかなか時間が厳しいかと存じますが、個別の対応も可能のようですので、是非とも足をお運びください。ちなみに日野新選組同好会でも同月16日、斎藤一に関してお話しいたしますが、こちらでは通史でお話しする予定です。よろしくお願い申し上げます。

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あさくらゆう このユーザーの他の記事を見る

在野の歴史研究家です。主に幕末維新史を中心に活動しております。昨年は『斎藤一~新選組論考集』の執筆、編集を行い、子孫の縁を経て、斎藤一の写真を公開する等、メディア活動を行っております。

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