金田村とは?

坂本龍馬の妻となったおりょうさんは有名ですが、その再婚相手の西村松兵衛については平成22年(2010)までは無名でした。この年の4月に探訪してまいりました。


本籍にあった滋賀県蒲生郡金田村の金田村は明治期に誕生した村で、西村松兵衛のいた時代にはありませんでした。いろいろな書物から、現在の近江八幡市西庄と判明しております。

西村家のお墓は今は京都にある

過去に西村家が埋葬された西庄墓地

出典筆者撮影

まずは線路沿いにある西庄墓地へ参りました。この地域特有なのですが、寺院墓地と別に埋葬墓地があります。

かつては西村喜左衛門家も当地に埋葬されておりましたが、当時は写真のような墓石は作らなかったので、自然に帰ってしまったようです。

ちなみに現在の西村家の墓所は京都天龍寺の塔頭、寿寧院にあります。

西村家があった場所

西村家の居宅の土地台帳

出典筆者蔵

これで見る限り、西村家は463番地にあったようです。兵蔵さんは松兵衛の兄で、フサさんは兵蔵の娘さんです。このフサさんが一時、松兵衛の養女になったとも言われております。

当時西村家があったと思われていた場所

出典筆者撮影

当時、近江八幡市にお願いして場所を教えていただいた場所がコチラになります。

しかし、実際はその手前でした。今はありませんが、あきらかに明治以前の土蔵もあり、ホンの少し雰囲気を醸し出しておりました。ちなみに今写っている空地も今は住宅が建ち並んでおります。

おわりに

その後、2度ほど現地踏査を行いましたが、当時を知る者は誰もありませんでした。

喜左衛門家も天保ころからその所在が確認されるところを見ると、それ以前に分家した家なのかもしれません。もちろん西村松兵衛も明治6年(1873)に分家しているのですが、おそらく徴兵令対策だったのではないかと推測されます。

戸主でないものは兵隊になることから、それを避けるために分家した例が多くみられます。

西村家は土地台帳に見れる通り、明治29年(1896)までに当地を離れたそうで、今はまったく痕跡を留めません。そういう意味で謎は多いですね。

まあ、仕方がないことですが。

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在野の歴史研究家です。主に幕末維新の人物史を中心に研究活動を行っております。

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