『吾輩は猫である』や『坊ちゃん』などの著作で知られる夏目漱石。
今年は夏目漱石没後100年の節目の年にあたります。

夏目漱石の妻、鏡子

漱石が29歳の時、嫁に来たのが鏡子です。
彼女はまだ19歳。

上品でゆったりしていて、いかにもおだやかなしっかりした顔立ちで、ほかののをどっさりみてきた目には、ことのほか好もしく思われました。

出典『漱石の思い出』(文藝春秋)20ページ

お見合い写真を見た鏡子はこのように振り返っています。

縁談はまとまり、漱石が赴任していた熊本で挙式。
その後、漱石は2年間のイギリス留学を経て、東京に戻ります。
4女2男(ただし1度流産を経験し、五女は幼くして他界)の子どもに恵まれ、毎日のように来客があり、書生さんや下女がいたりと賑やかな家だったようです。

家族を悩ませた漱石の病気

漱石は胃が悪く、43歳の時、修善寺で死にかけたことがあります。
それ以来、病気と付き合いながらの生活をおくり、50歳の時、胃の病気が原因で亡くなります。
けれど、家族を悩ませたのは、その胃の病気よりも頭の病気の方だったのかもしれません。

あたまの調子が少しずつ変になってくると、これではいけない、こんなになっちゃいけないと、妙にあせりぎみになって、自分が怖くなるというのか、警戒しぎみになって、だんだん自信を失って行く。それでなるべく小さくなって、人に接しないようにと心がけて、部屋に閉じこもったきり自分を守って行くのだそうです。それが病気の第一歩で、さてそれから自分がちいさくなっておとなしくしているのに、いっこう人がそれを察せず、いじめよういじめようとかかって来る。そうなるとこっちも意地ずくになって、これほどおとなしくしているのにそんなにするんならという気になって、むしょうにむかついて癇癪を爆発させる。こういう段取りになるのだそうです。

出典『漱石の思い出』(文藝春秋) 115ページ

このあたまの調子が悪い間に、鏡子は離婚をするように迫られたり、暴力や暴言を受けたりもしたようです。
それでも、病気なんだから、と負けずにそばにいて、子どもたちを守ったのですから、さぞ強い女性だったのだろうと思います。
晩年、彼女が孫に語った言葉に、その愛の深さを感じます。
「いろんな男の人をみてきたけど、あたしゃお父様(漱石のこと)が一番いいねぇ」
それほどの相手に巡り会えたことに羨ましさも感じてしまうほどです。

漱石との家庭生活を書いた本を出版する

彼女の功績は漱石を支えただけではありません。
漱石の死後、彼の体を解剖して医学の発展に貢献しました。
漱石が使っていた書斎も住まいから切り離し保存しました。
また、漱石との家庭生活を漱石の門下生の手を借りて書き記しました。
それが『漱石の思い出』という本です。

この本を原作としたドラマがNHKで9月24日から始まります。
鏡子を尾野真千子さん、漱石を長谷川博己さんが演じます。
一体、どんなドラマになるのでしょうか。
楽しみなドラマです。

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