父親を失う娘の気持ちを知っていますか?

中川翔子ちゃんをより好きになったのは父を亡くした後でした。
私は父が生きている間は愛している事を伝えられませんでした。

父がいた記憶さえ抹消したくなった時期もありました。

『幸せはいつだって失ってはじめて幸せと気づく小さな不幸』

happily ever after/中川翔子
という曲を聴きながら父を亡くした時間を過ごしました。
小憎らしい毒舌ばかりで何があっても死なないとずっと思っていました。未来の為にばかりを努力して今の健康を亡くしたまま急死した父を何度か追おうとしました。

そして永遠に消える事のない痛みでそれは一生消える事もなく
それも含めて【生きるしかない】と教えてくれたのが中川翔子ちゃんの頑張りです。

貪欲会(中川翔子ファンクラブギザピンク会員)員でもありました。
引越し連絡を忘れてしまい資格をなくしましたが(笑)

初期は沢山沢山お父様(中川勝彦さん)に関する疑問も多かった
しょこたんが気がつくとお父様の足跡をたどっていたというセリフを
CCレモンホールで発していました。

気がつくと父勝彦の足跡をたどっているのは何故なんだろう考えたくなくても
何故か行き着いてしまうのが勝彦の足跡…そんなセリフを彼女が
MCで発していたことがあります。


父を亡くした後より彼女の思いは痛いほどにわかりました。


反撃したい事ももっと知りたい事も父が過ごした人生の中で知っておきたかったことも
全て他界してから辿る事になるんです。
私は30歳位ですら辛かったのに小学生の娘には理解も苦しいでしょう。

父親への葛藤を一度は持ちます、愛しているからこそ。

しょこたんが漫画好きの変な長髪のおじさんと勝彦さんを表現していたこと
もありますが彼女の素直な気持ちだろうなぁと理解できます。

勝彦は渋谷公会堂で歌った。
勝彦は同じステージに立って同じ景色をこうやって眺めていたのでしょう。
その時の歌詞は同じく父を亡くした者の心を激しく揺さぶるものでした。


丁度この時期私自身も父を亡くし今でもこの曲は涙が出て歌えないのです。
後にお父様を浮かべて書いた詞と言われているのがこのRAY OF RIGHTです。

中川翔子単独歌詞ですがその前にも関連した曲がありますよね?
(初期ファンはご存知でしょう)

RAY OF LIGHT

出典 YouTube

強くなりたい。多分親を失うとまずそこに辿りつきます。そして知りたくなります。
親はどんな人生を送ってきたんだろう。親ではない側面ではどういう事をしてきたんだろう。どんなものをみて聴いて感じてきたのだろう。長い父親への反抗期が終わった事も綴っていました。嫌いになる事でしか表現出来なかった突然消えてしまった父への思い。
そこもそっくり同じでした。私の場合は嫁いだ後でしたので少しだけ素直になれた後ではありましたが、それでも反抗期は終わっていなかったのかもしれませんし生きてる間は結局喧嘩しながら楽しむのも愛情なのかもしれません!

お父様が急性骨髄性白血病で亡くなった時しょこたんは9歳だったといいます。後にこの中川勝彦さんと母上桂子さんとの(何故か桂子さんにはファンの皆様親しみがあり桂子桂子と呼び捨てにしております)
恋愛事情もしょこたんが文章に書いています。

何度失敗しても立ち上がることの大切さ。

失敗してもバカをやってしまっても『生きている』その過程を何より大切にしている
しょこたんだからこそみせられる世界があります。
これだけ可愛いかったら、気取ってもいいでしょうし違う魅せ方もあったかも
しれません。
それでも、正直にアニメやサブカルを語っていて等身大で生きているからこそ今があるのでしょう。

かのアドラーも残しています。

死ぬ数日前まで自分を変える事は出来る!と。


それを全身全霊で伝えてくれる中川翔子を私たちファンはこれからも
応援し続けます。

9lives

出典 YouTube

ライブでさかさま世界とこの曲を聴いたときに作詞家さんに
土下寝したくなりました。
中川翔子に歌わせてくれてありがとう!!と。

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