おせち料理の予約が、もう始まっている。

百貨店では、料亭のおせちが。スーパーでは、プライベートブランドが。飲食店でも、オリジナルおせちに力を入れている。

数千円の安価なものから、五万十万の高級品まで。和・洋・中・アジアンなど、さまざまな種類があり、好みに合わせて選べる。

おせちを手づくりするのは、手間が掛かる。大量の買い出しと時間の掛かる調理に、主婦は疲れ果てる。

「気ぜわしい大晦日に、なぜこんなことを?」と、ふと疑問を持ってしまうことも。その結果が、“おせち料理を買う”という選択になる。

現代人に、おせち料理を作るという行為は、合わないのかもしれない。おせちを注文して、ゆっくりと過ごす。時間を重視する現代人には、その方が良いのだろう。

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我が家では、結婚以来ふたりでおせちを作り続けてきた。だが、数年前「面倒だから、やめようか」と、話したことがあった。

その時、まだ小学生だった息子に聞いてみた。「おせちが無いと淋しいか?」。当然のことだが、「やっぱり無いと淋しい」という答え。

そこで、買おうとはならなかった。

価格の問題もあるが、息子が求めているのは、“我が家のおせち”であることに気づいたからである。

豪華なものなど何も入っていないが、親が手間ひま掛けて作るおせちを美味しいと感じている。この習慣をやめてしまうわけにはいかない。だから、作り続けている。

おせちとは、本来そうした存在ではないのか。

家庭の味、地方の味。日本の食文化における、大切なひとコマである。これをプロに頼ってしまって良いものか。

買うということは、他人の家庭と同じものを食べることになる。日本中で同じものになることもある。

親の味も家庭の味も何もない。これは、食文化とは言えない。“買うおせち”が広まることは、決して良いことではない。

では、経済面から考えてみると……。

高いおせちをみんなが買えば、動くお金は大きくなる。

だが、おせちを手づくりするために、これまで買われてきた食材が、売れなくなってしまう。正月ということで、必要以上に買っているので、その額は非常に大きい。

さらに、おせちに飽きた後には、鍋物や焼肉をする家庭が多いので、その分の食材も売れていた。

ところが、おせちに大金を遣ってしまうと、その後は節約することになるので、食材が売れなくなる。

おせちが売れるか、食材が売れるか、を比べると、経済的には後者の方が、波及効果は大きい。

すなわち、おせちが売れるということは、日本の文化が失われると同時に、経済的な打撃も大きくなるということである。

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1961年兵庫県生まれ。神戸学院大学法学部中退。1981年、広告デザイン会社にコピーライターとして勤務。93年、プランナー・コピーライターとして、フリーランスに。仕事を継続したまま、96年、木のおもちゃ制作を開始。ネット販売に着手。その後、「販売の現場」を知るために、5年間スーパーに勤務。これにより、「メーカー」「販売現場」「広告・販促」のすべてを経験。この経験を生かし、2003年より、中小企業・個人商店向けメールマガジン「繁盛戦略企画塾・『心のマーケティング』講座」を発行。関連する情報販売、コンサルティングを開始。メールマガジン他、ブログ9本「Marketing Eye」「ビジネス界隈・気づきの視線」「企画する脳細胞・ビジネスの視点」「まちづくり・村おこしの教科書」「行列のできる『MENU』の創り方」「中高年のための新規開業サポート」「独立・起業の成功法則」「販促の知恵袋」「スキルアップでビジネスぶっちぎり!」を執筆中。現在、繁盛戦略コンサルタントおよび中小企業経営研究会のビジネス・カウンセラーとして活動。著書に「0円からできる売れるお店の作り方(彩図社)」がある。

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