人だろうと、動物だろうと、ともに過ごした時間が作り出す、たくさんの思い出があるから愛おしいと思う心が生まれ…。

そして拭えぬ後悔が、時間という苦しみになって襲ってくるのだろうと思うのです。

闇の中の雨音に…

その日の夜7時過ぎ、雨が降り出したせいでバイト先のお店の客足が引いた。
レジにくるお客さんもなく、ぼんやりと出入り口のガラス越しに見える雨雲と夜の闇に染まった外を見るとはなしに見ていました。

カタンと音がして、人の良さそうな男性が数点の品物をカゴに入れ、財布を取り出したっていました。

「いらっしゃいませ、ポイントカードはお持ちですが?」の私の問いに、

「あっ、カードなくしたから電話番号で」と返事してくれた男性。

「かしこまりました」と言ってレジ画面を変えて電話番号を入力します。

出てきた画面を見て「失礼ですが?なんとお読みするのですか?」と私はその名前が読めなくて男性に問いかけました。
…とても珍しいお名前だったので、恥ずかしらが、私、読めなかったのです…

「〇〇って読むんよ」と、読み方を教えてくれた男性。
「失礼しました」と言って、お買い上げ品をスキャンしていきます。

そして、「〇〇円、頂戴します」と合計金額を伝え会計をし終わると・・。




「今やから話せるけど…、こんな夜に降る雨の音を聞くと、あの日のこと思い出すよ、家族は避難所に行かせたけど、家が心配で僕ひとりが家に残って…、犬と…」と男性が言いました。

…うぅん?家が心配で、自分の命より?…と、
このとき男性の言葉のなかに、なんだが分からない妙な違和感を私は覚えましたが、他にお客さんもいなかったので、「もしかして、5年前の雨で家が流された」と、テレビのニュースでも流れた地名を言うと「あっ、あそことは違う、けど、うちの方もすごい水で、家も何もかも流されたよ」とその男性は言います。


…ええっ!?それってニュースで流れた地域とは随分離れているのに、そんなところまで被害にあってたんや…と、

私は、自分で自分の認識不足を恥じるとともに、その後もある事がきっかけで、この男性とは真反対の地域に住んでいる(そこもテレビニュースで報道された地域からは随分と離れています)ところも家が流されたと聞き、5年前の紀伊半島を襲った災害の雨は、水は、広範囲にわたりたくさんの家々を飲み込んでいた、大変な水害であったのだと改めて知ることとなったです。





老犬への想い

そして、男性が言うには、雨の量が今までとは違っていたので用心のためにと、奥さんと子どもたちを夕方から避難所に連れて行ったのだそうです。

でも、自分は家が心配だったので、避難所には行かずに犬とともに家に残っていたのだそうですが、夜、ダンダン大きく響く雨音の異常さに怖くなり・・、
自分も避難所に行こうと決断したのだそうです。


「それで避難所に避難してから30分後に水が一気に流れ込んで、家もなにもかも全部流されて…」

「ええっ、危機一髪でしたね、その判断は正しかったと思いますよ」と私が言うと。

「けどよ、避難所に犬よぉ・・・」と言って男性は一瞬黙ってしました。


そして、
「避難所には、犬を連れていけんわだ。そやから、ここなら大丈夫やと思った場所に繋ぎなおして避難したけど…」と、最後の言葉は聞き取れないくらい小さな声で男性は言いました。

「ワンちゃん、だめだったんですか」と、私の問いに男性は、「翌朝行ったらそこまで水が来てて…、10年も一緒におった犬やったのに」と言いました。

私は男性のその声に、…あぁ、この人は犬を助けられなかったことを、今も、こうして話している、この瞬間でさえも後悔しているのだ…と思いました。





話せるようになったけど・・

だから、「家が心配で」自分ひとりが家に残って・・と言い。

けれど、雨の激しさに恐怖を覚えて自分も避難所に行くことに決めたのだが、やはり避難所にはつれていけない、残していくしかない犬が心配で「ここなら水もこないだろうと」と考えた場所につなぎなおして・・と言い。

ですが、降り止まぬ雨は考えられない濁流となって襲いかかり、すべてのものを奪い去っていった。


そして、男性は、
「10年も一緒おった犬やったのによぉ」とは言いましたが、

決して、
「可愛そうなことをした」と過去形では言いませんでした。


それは、多分、(私の勝手な想像ですが)あの災害から5年経って、やっと事実を事実として受け入れ、人に話せるようになったけれども…、


もし、あのとき避難所につれていけたのなら、

もっと、水が来ない場所に繋いでいたのなら、

犬は助かっていたのではないかと思っても、思っても、変えることの出来ない現実に、時間の流れについていけない心が「後悔」という想いが、男性の中にまだいるのではないかと思ったのです。

それに、これはもしかしたらですが(あくまでの私の想像ですが…)、男性の心の何処かに、首輪を繋いでいなかったら、犬は自由がきいて助かったのではないかという想いがあったのかも知れません。
でも、それを口にすることが怖くて出来ないでいるのかも知れません。


だから死なせてしまったことの後悔が、素直に「避難所にはつれていけない犬が心配で、自分ひとりが家に残った」とは言えなくて、命よりも家?と一瞬微妙な違和感を覚える「家が心配で…」という言葉を使ったのではと思ったのです。


でも、もし、仮に首輪を外していたのなら、老犬は確実に主人の後を追ってきたでしょう。そうなれば男性は避難所に行けなくなります。
犬には酷なようですが、男性はそのとき出来る精一杯のことを犬にしてあげたのだと思います。だから、この男性が責められる理由はなにもないのだと思います。

被災地で取り残された犬の話しはよく聞きます。
動物を飼ったことのない人からすれば、ただの犬ですから、犬の命よりもまずは人の命だろう、だから広さや収容人数に限りがある避難所には犬の入る余地などはないのでしょう。

ないから、この男性が老犬にしてあげたことは、そのとき考えられる一番良いと思われる選択だったのだと思います。思いますから、その後の出来事は仕方のないことだったのではないでしょうか。


でも、どんなにそのときギリギリまで頑張って出来ることをしたとしても、やはり悲しい結果は、愛しているからこそ余計に自分で自分を責めるという自責の念として、人の心に深い傷を残していくのだとも思いました。

カタンと音がして、次のお客さんがレジに商品が入ったカゴを置きました。

すると男性は慌てて「すまんよ、聞いてくれておおきによぉ」と言って背を向けると足早にレジから去って行きました。

その後ろ姿に「ありがとうございます」と声をかけながら、いっか、男性が水害で失った犬に対して「可愛そうなことをした」と…心の傷が癒えて…、過去形で話せる日が来ることを願うのでした。





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知らないことが知りたくて、メンタル、カルマ、礼法に漢方スクール…etc.とお勉強。で、ですね、人を動かしているのは無意識、でも、この無意識を味方につけるとスゴいんだ~と気づいたら…、なぜか、「えっ?!そうくるかぁ~」と、色んな場面に遭遇しれしまう…という面白いことが起こりだすのでした。

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