議会直前に朝日新聞がスッパ抜く!

10月1日、突然朝日新聞より電話取材を受ける。8日で議題とされる沖田総司逝去の地碑についての概要でした。

その件で何故か相談していた公明党の議員に呼び出され、またまた何故か新宿区の担当課長に謝罪するという破目に???

誤解されないように言いますが、私は公明党とのお付き合いはありますが、支持母体との交流は一切ありません。そういう意味で、「敵を作らない」ということを念頭に活動をしていた関係上、議会での反対票が増えないようにするには頭も下げなければいけません。

そして議会は始まりました。

議会で継続審議~だけど表面上は却下とする

こうして議会は始まりました。このときひとりの女性議員の言葉は今でも思い出します。

人が死んだところに碑が建つのは嫌!!

別に殺人事件の現場でもないのに、こういうことが平気で言える議員がいることに驚きと呆れが走りましたが、結果的には継続審議でした。

しかし、拙ブログ(無二無三)では否決されたような文言としました。理由は以下に記します。

案内板として設置できる希望!

実は謝罪した代わりに陳情とは別個に新宿区の魅力を伝える文化事業として案内板を設置する議案が平行して審議されておりました。議会では様々な抵抗も考えられることから、妥協案として案内板設置が議論されていたのです。

つまり、議会の陳情を収束させる代わりに案内板設置の運動を水面下で行ってまいりました。

そして平成22年4月に議案が通り、区の余剰予算でリクエスト順に案内板の設置が始まりました。

まさかの震災

年度予算は4月から3月で、この予算の余剰で建てる関係上、設置が決まるのは平成23年(2011)3月でした。この年月は今でも記憶に新しいでしょう。そう、東日本大震災です。被災された方々にはお悔やみを申し上げます。こういう不測の事態ですので、当然予算は震災費用して使用され、翌年度予算も震災費用として計上されました。

ようやく悲願なる!

こうして23年、24年と震災資金とっして文化的予算が付与されなかった新宿区ですが、平成25年度にようやく余剰資金が発生し、課長決済により3月に建立が決定し、4月14日に伝・沖田総司逝去の地碑が完成いたしました。4月の建立なのに3月と銘板があるのはこうした事情です。

なお、当初考えていた場所とは対面に碑が設置されておりますが、これは私が関与できない部分があり、仕方ないことですが、その代わり、自生のアジサイに囲まれるというサプライズとなり、かえって案内板に華を添える効果となりました。

記念ツアーが開催される

記念ツアーの撮影会

出典今戸新撰組撮影;許可済

平成26年(2014)7月19日、今戸新撰組さんの企画でツアーが催されました。今回の案内板設置には254名の尊い署名してくださった皆様がいたからこそ建てることができたものです。これからもこの碑が沖田総司ファンの皆さまに愛されることを期待したく存じます。

余談

最近流行っているポケモンGOですが、どうやら逝去の地碑の場所がジムになってるそうです。沖田総司に興味がない人たちも集まって、泉下の沖田さんも驚く事態となっているそうです。

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在野の歴史研究家です。主に幕末維新史を中心に活動しております。昨年は『斎藤一~新選組論考集』の執筆、編集を行い、子孫の縁を経て、斎藤一の写真を公開する等、メディア活動を行っております。

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