現在、アメリカを始めとした世界各国のメディアで話題になっている、1人の日本人女性がいます。

彼女は、ロサンゼルス在住のネイルアーティスト、サカモト アズサさん。

2012年に単身渡米し、現在は女優や一流デザイナーからも支持されるアーティストとして活躍しています。


そんな彼女のもう1つの顔は、バービーをこよなく愛する、バービーブロガー!
バービーの熱狂的ファンとして知られる彼女は、人々からこう呼ばれています。


"Azusa Barbie"(アズサ・バービー)


バービーとの出会い、人生の転機

アズサがバービーと出会ったのは、15歳の時。
バービーのお弁当箱を買ったことがきっかけで、すっかりバービーの虜になってしまったのだそうです。

 
大きな転機となったのは、高校2年の時のこと。
当時通っていた日本の高校で素行不良の問題児とされていたアズサに、彼女の母親がアメリカ留学を勧めたそうです。


「あんたみたいな子は、ちょっと大変な環境で揉まれて来た方がいい」


かくして、少女アズサはアメリカへと渡ることになりました。

辿り着いたのは、日本人はおろかアジア人すらいない、インディアナ州の田舎町でした。

アズサは現地のハイスクールに通い始めるのですが、クラスメイトからは変わり者だと言われたそうです。

いつもピンクの洋服に身を包み、17歳にもなってバービーを愛するアズサは、現地の高校生にとっては異質な存在だったのです。

しかし、アズサはめげません。

彼女は、気付いたのです。

日本人留学生である以上、現地の学生とは違って当たり前。
そして、多少変わっていても「彼女は日本から来た留学生だから」の一言で片付けてもらえるということに。


それ以来、人と違う自分でいることに全く抵抗がなくなったと、アズサは述懐します。

この経験は、その後の彼女の生き方に大きな影響を与えることになったそうです。

1年間の留学プログラムを終えて帰国したアズサは、自身の進むべき道を考えます。

彼女が考えたのは、世界のどこに行っても1人で生きていける「手に職」を身に付けること。

以前からネイルが好きだったことから、アズサはネイリストを志望。
ネイリスト養成のスクールに通い、検定にも合格します。

晴れてネイリストとしての技術を身に付けたアズサですが、彼女は日本のサロンへは就職しませんでした。

アズサが自身の舞台として選んだのは、アメリカだったのです。


バービーの国、アメリカに行きたい。

バービーのネイルアーティストになりたい。

バービーブロガーになりたい。


そう夢見たアズサは、派遣社員として一般企業で働くことを選びます。
すべては、渡航資金を得るために。

そして、アメリカへ。

2012年6月、アズサはアメリカへ渡りました。

ハイスクール時代に培った英語力を武器に、一歩一歩、活動の地盤を固めていきます。

そして、もう1つの武器は、アズサのバービー愛。
「バービーが大好きな日本人」ということで、すぐに顔と名前を覚えてもらえたそうです。

どんなチャンスにもひるむことなく挑戦しつづけた結果、口コミで人脈が広がり、現地でも名が通るアーティストとなりました。

出典 http://www.azusabarbie.com

世界的有名デザイナーのベッツィー・ジョンソンとも仲良し!

アズサの作品の一例

出典 http://www.azusabarbie.com

ネイルアーティストとして活動する傍らで、念願のバービーブログも開設。
このブログがきっかけで、海外メディアからも注目されるようになったそうです。

ブログやInstagramで公開されている、バービー仕様にリノベーションされたアズサの自宅も大好評!

アズサにとってのアメリカンドリームとは?

アメリカで夢を叶えるということについて、アズサはこう語ります。

「ゼロのスタートからてっぺんを掴めるチャンスは、確かに日本と比べると間口が広いと思います。

例えば、無名の人達にも有名になるチャンスがたくさんあるんです。

でもそれは決して、アメリカなら簡単に叶うというわけではなくて、夢を語ってるだけでは絶対に掴めないのは日本でもアメリカでも同じ。

ハイリスクハイリターン。
この地で起こるありえない波瀾万丈をくぐり抜けた人のみ掴める、とっておきのご褒美みたいなものなのかな?と思っています」

最後に。

実はアズサは、筆者の中学高校時代の同級生です。

その頃からアズサは個性的でパワフルな女の子でしたが、現在の彼女はより一層エネルギッシュで魅力的な女性になった印象を受けます。

 
アズサと共に過ごした日々を思い起こすと、筆者はある出来事を思い出します。

それは、学校行事の時などにクラス全員で円陣を組んで気合いを入れたこと。
その中心で「せーの!」と仕切ってくれたのは、いつもアズサでした。

アズサの掛け声に合わせて、クラス全員で叫んだフレーズは


「明るく、楽しく、元気よく!」


これは、我々のクラスの標語だった言葉です。
しかし今となっては、アズサの人となりを最も良く表したフレーズだと思えてなりません。

アメリカでの活動が実を結び始め、今や有名アーティストの仲間入りをしつつあるアズサですが、彼女自身は

「私は何も変わってないよw」

と、笑います。



 
明るく、楽しく、元気よく。

今日もアズサは、その飾らない性格と真っ直ぐな生き方で世界中の人々を魅了しています。

取材協力:Azusa Barbie Sakamoto

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転勤族の夫&2歳男児と暮らす、ママライターです。

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