「怒りを小出しにできればいいんだけどね」
落ちちゃったあと、日本赤十字病院の医師が言っていた。自分を傷つけることは、攻撃性を内に向かわせているんだよと。
「小出し?」と言われても、その方法が分からない。

 精神病は悩みやすい。と、いうか、統合失調症が悩みやすいというか。けれど、悩んでいるからと言って髪が抜け落ちていくわけでもなく。どちらかというと髪は濃い。
斎藤さんのようにはいかない。
「斎藤さんだぞぅ」と言われても、こっちは「立花さんだぞぅ」というに言えない。(髪、あるから)


これでも勉学は真面目だった。高校も県内で1,2を争う女子校に通っていた。もちろん、
大学進学を志望していた。そんな普通の道は、父の起こしていく騒動で諦めることになってしまった。


 時間だけはたっぷりあった。


まだ統合失調症を意味不明な病気と思っていた時期、大学に進学した友人を訪ねて行ったこともあった。

 放浪癖がついていた。

 父が怒鳴るたびにストレスを溜め込んで、そこから逃げたくて日本国内、果てにはフランスまで旅行した。旅行期間は1ヶ月、2ヶ月は当然だった。


 どこが1番良かったかと尋ねられたとしたら、フランスも、ホントに良かった、と言いたいが、友人が進学した大学のある福岡が最高だった。
 名物のモツ鍋を食べ、焼酎を飲んだ。興味本位でー親不孝通りーも見学した。


 あの頃は勢いだけで病気を無視していた。
睡眠障害、摂食障害。鬱にもなっていた。よくお風呂場で泣いてました。



 一体、どこから統合失調症だったんだろ?
 どこまで悪くて、あの頃服用していた薬はどこまで効果があったんだろう?

その頃はまだ幻聴はなかった。
 それでも、当時、街ですれ違っていく人と目が合うだけで、恐怖を感じていった。相手が私をけなしているのではないか、と。


 いつからかリストカットをしていた。痛すぎて切れない。でも自分を傷つけたい。
痛くて痛くて、あともう少し。と、思った頃から市販品の風邪薬2瓶を飲み、自傷行為におよんだ。
肉体の悲鳴。それが気持ち良かった。悲しみの果てにいけたようだった。

けれど、このことが自分の弱さだった。


父は怒鳴る。母は泣く。ーその繰り返し。

父と離婚したらいいのに。そう思っても、末の妹が私立の学校に入学したばかり。
怒鳴り散らす父の収入だけが頼りだった。


早くここから逃げたい。

 そんな気持ちがわたしを放浪させた。


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お話を書いているとき、文字の羅列が好き。
物語で、また姪と仲良くなるかな。

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