NHKで「貧困JK」として話題になった女子高生へのバッシング

番組が貧困の例として紹介した女子生徒は、自室の風景や高価な趣味のコレクション、食事風景をSNSで投稿していたことが暴露され、「貧困ではない」という批判が起きました。番組制作上の偽装だという批判も呼び、騒動が拡大しています。政治家の片山さつき議員も参加し、いまだ延焼中といえます。

貧困の定義が明確に共有されず個人の感覚も交錯する中、多分に番組の流れが一方的で安易な「貧困、かわいそう」という風潮に寄ったことで、自己責任論が強いネット世論を刺激したといえます。パソコンが買えずに千円のキーボードで練習したという逸話も、無料でパソコンが習える環境がある等、ツッコミどころは確かに多々あります。

出典 http://blogos.com

この問題の本質は、番組内で「貧困とは何か」の定義がなかったことです。
もし、定義がなければ、私たちは貧困を普段考えている意味に捉えます。
私ならば、生活保護が必要な程の困窮状態をイメージします。おそらく視聴者も同じように考えているはずです。

だからこそ、女子高生の趣味のコレクションやごちそうなどSNSにアップしていると知れば、違和感を感じるわけです。

彼女は貧乏ではない。だから問題が起こっていない、といえるのか

ネットやソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)には今も「貧困をたたいてるんじゃない、貧困のふりをしてることをたたいているんだ!」「映画やランチを楽しんでいるのに貧困? 支援? ふざけるな」「NHKは捏造(ねつぞう)をやめろ」といった声があふれています。

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NHKが最初から貧困の定義をしていれば・・・。定義をしていないために本当にこの番組が伝えたかったことが伝わらなくなったことが残念でなりません。
声があふれるのも無理は無いのです。

しかし、、、私はここであえて番組が伝えたかったであろうことをお話したいです。

貧困の本質は、多くの人が持っているチャンスが自分にはないこと

 貧困について、特に欧州では、19世紀半ばから議論が始まりました。絶対的貧困は社会が対応しなければいけないという認識が広がり、20世紀に入ると、社会保障で貧困をなくす動きにつながりました。その意味では、先進諸国では絶対的貧困は解決された、とも言われています。

 1960年代になって、英国の社会学者ピーター・タウンゼントが「相対的剥奪」(Relative Deprivation)という概念を提唱しました。「最低限のものを食べられて、着る服があれば貧しくないのか、人間的な生活と言えるのか」と問題提起をしたのです。これが「相対的貧困」という概念です。

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つまり、私たちは食うや食わずという状況からほぼ脱していて、そこまで差し迫って貧乏な人は本当に少なくなりました。

しかし、それで貧困が本当に解決したと言えるのか。それがピーターさんが言ったことです。答えはNOです。

この貧困問題は、「お金がないからチャンスすら得られない」ということ。

チャンスが他の人より不足している人もまた貧困なのだ

通常の人が享受しているこれらの指標がもし剥奪され、その社会の人間が考える「普通の暮らし」ができていなければ、その人は「相対的に貧困である」と考えられます。

 社会生活から剥奪されたものをとらえ、先進国の貧困、普通の暮らしを定義しようとしたわけです。

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上記は、ピーターさんが定義した、「略奪指標」に照らして、貧困の概念を先進国型に引き直したものです。

バッシングされた女子高生は、将来アニメーション関係の専門学校に行きたいと夢を持っていますが、お母様がパートだから難しいと言います。これがまたバッシングされる原因になりました。

それは学費がべらぼうにかかるうえに、それで食べていける可能性が低い職業だからでした。そこで、こんな指摘もありました。

子どもに職業の夢ばかり持たせず、現実を知らせるべきだ、という話

今、日本のキャリア状況で、生産職、サービス職、営業職以外に就く可能性はどのくらいあるでしょう。まして医師や弁護士に就けるのはごくごく例外的なほんの一部の人だけです。もっとも中心的なキャリアへの理解が著しく欠けた結果、イメージが持ちやすい医師・弁護士等ごく一部の専門職、芸術や芸能、プロスポーツといった、これまた例外的なキャリアの夢と現実を混同してしまう子供が出ています。

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今現在貧困状態であるなら、夢の前に現実を見なければ生きることはできません。生きる力を身に付けさせるには、現実を知ることと、その知った現実にどう対処するかの判断力を養成することです。文科省の目指す「生きる力」は実際に必要な教育なのです。

夢をかなえることをあきらめさせる必要は全くありません。あきらめさせるのではなく、自分で判断する能力を養い、今すぐやりたいことを目指させるのではなく、本当にやりたいことであれば一生かけて夢に近づく努力が必要だと自覚させることです。理想と現実の差をしっかり教育できていれば、貧困環境にあるにもかかわらず非現実的な夢をすぐ実現しようという、キャリア選択の危険から守ることができます。

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ひとことで言うと、貧乏人で生まれた以上、スムーズに夢を叶えられない現実をしれ。それでも夢を叶えたいならば、おとなになっても努力を続けてチャンスをつかめるようにしよう。それまでは食べていける職業につける知恵持とう。ということです。

はっきりいいます。問題は貧困女子高生が夢をみていることじゃありません。その夢をかなえるチャンスが彼女とは全く関係のないところで容赦なく奪われていることです。

貧乏に生まれたというだけで、他の人が得られたであろう「機会」が得られていない。これが大問題なのです。

上記の意見は、「夢を見てトライしてもほぼかなわないよ」という話です。つまり結果の話です。結果は機会を得た人にしかもたらされません。

ピーターさんの言うとおり、半分から60%ぐらいの子どもたちが普通に得られているチャンスが、貧困女子高生にはないことなのです。

今や大学進学率は5割を超えております。専門学校進学を入れたら軽く6割超えます。つまり進学してチャンスを得たくても得られない子は、社会から「相対的略奪」にあっているといえるのです。

私たちは、貧困の影に隠れている子どもたちが、やりたいことをするチャンスが奪われていることにもっと目を向けるべきで、何か支援を考えなければいけないと、NHKの番組は本当は言いたかったのではないか。

今回、本当に貧困の定義をNHKがやってくれなかったことが残念でなりません。
そうすれば、彼女もこんなにバッシングにあわなかったのにと悔やまれます。

この記事を書いたユーザー

婚活アドバイザー 大西 明美 このユーザーの他の記事を見る

著者。婚活アドバイザー。過去20年でのべ43,000件の恋愛を研究してきた婚活指導の第一人者。
2010年からクリスチャン専門の結婚相談所を経営。
2016年より男性が医療従事者(医師、薬剤師、理学療法士、看護士など)専門の結婚相談所も開設。過去5年で200組以上のカップルを成婚に導いている。
お見合いのマッチング業務の成功事例、失敗事例を分析し、再現性がある婚活の法則を導き出すことを得意とする。著書「となりの婚活女子は、今日も迷走中」がかんき出版より好評発売中
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