本当に子どもを怒らずに育てたらどうなるのか?

怒らない子育てには賛否両論がある。子どもに何かあると必ず「親が甘やかしたからだ!」と責任追及される世の中だ。子どもが何かしでかしたとき責められないためには、「親は厳しく叱ってしつけたにも関わらず・・・」というアリバイを作っておく必要があるのはよくわかる。その一方で何らかの「発達障害」の診断がついたとしたら、まず保護者が精神科医や支援者などの専門家から言われるのは「子どもを怒らないでください」ということだ。発達障害だなんて「何かしでかす可能性」や、「うまくいかない可能性」が普通よりうんと高そうに思えるにも関わらずだ。

「子どもを怒らずに育てる」なんて誰だって戸惑うと思う。本当に怒らずに育てたらどうなるのか?私は怒られずに育ったが、それは私が怒られるようなことをしない子どもだったからじゃないのか?将来どんな大人になるのか?そりゃあ子どもによるだろうけど・・・。

とはいへ、迷っている間にも子どもはどんどん大きくなるので、事実に直面したが吉日、私は実験することにした。やり直しの効かない本番一発勝負の機会を使い、娘の人格形成過程のすべて、ひいては彼女の人生を賭けて「怒らない子育てを」やってみることにした。自分の人生を賭けて何かをなそうという人は多いが、自覚をもって自分の子どもの人生を賭けて、リスクをとるのは誰だって怖いだろう。それでも、一度決めたらブレずにとことんやる。それができたのは私自身がアスペだからかもしれない。

もうすぐあれから8年、私は自分と娘を信じてひたすら「怒らない子育てを」やってきた。『怒らない子育ての具体例』を書いたのは娘が10歳の頃、今思うとまだまだ大変だったけど、後片づけやお行儀などあのころ怒らずに黙って見ていたことの、ほとんどはもう何も言わなくてもできるようになってしまった。気が付けば家中の「もの」が壊れまくっていた、荒れ狂う狐付きのような癇癪もいつの間にかなくなっていた。

ああ、神様本当にありがとうございます!

中学生になってもまだまだ怒らない

娘が中学生になった今でも怒ったり叱ったりはしないけど、私もちょっとくらいは娘に対して文句を言うようになってきた。決して言葉が長くならないように、「お母さん何か文句言ってるな・・・」と娘に辛うじてわかる程度におさえて、少しずつ要求を伝えられるようになった。

今にいたるまでほとんど怒られたことのない娘は、かえって私の機嫌に敏感になったかもしれない。4歳で発達障害がわかって以来、特性的に音に過敏な娘を刺激しないように、6年間くらいは言葉少なに淡々と一本調子で話していた。基本的に低め抑えめの声で話す私の言葉に、少しでも不機嫌な声や命令的な語気を感じ取ると「これはマズイ」とばかりに即応してくる。例えば、「今どこ?」「何時に帰ってくるの?」くらいの単語に母としての不満を滲ませるだけで、飛んで帰ってくるし、数日くらいは意識できる程度に効いている。時には娘の方から言い訳したり、謝ったりしてくることもある。

あぁ神様、なんてありがたいことでしょう!

ひたすら黙る待つ信じるを実践してきた結果として、12歳になった娘は非常に自己肯定感が高く、自己愛が深い状態で思春期に突入した。自意識と美意識が高いと自負する娘にとっては、常に自分の基準において「ちゃんとしてる」ことが非常に重要らしく、いつも冷静であろう、理性的であろうと背筋を伸ばすように努力している。何よりもめったにキレなくなった。かつて彼女本体を暴れまわらせていた制御不能な激しい娘自身が、いなくなって消えたわけではないだろうけれど、素晴らしいというか凄まじい自制心を発揮して、扱いにくい情緒をかなり見事に制御している。はっきり言って私なんかより、う~んと常識的にふるまおうと意識して、頑張っているのがうかがえる。

子育ては粘土細工じゃなくて、石を彫るようなものだと思う

10歳ごろから急激に始まった娘の変化は、私がしつけたり教えたりした結果ではなくて、娘を信じて黙って待っていたら勝手に方向を選んで発達し始めたものだ。

子どもの中にはたくさんの可能性があるのだと思う。娘が6歳の頃から通っている滋賀大キッズカレッジの窪島務先生は、発達障害や学習障害の子たちは、「みんな真面目で優しい」と言う。「初めからたくさんいいものを持っている」のだと。

さてさて、娘という一個の人間の容(かたち)は、私が捏ねてひねり出して形成するものではないのだろう。娘が一個の大きな石として私の前に立ちはだかったその時から、すでに決まった何らかの形を内に秘めているのだ。私は慎重に削っていく、気の遠くなるような時間をかけて。本来の姿が現れるのを心待ちに、彫りだすというより掘りだすような気持ちで。少しずつ、少しずつ、内なる容を傷つけないように。

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中高不登校で大検から大学進学。大学卒業後、中国、英国留学を経て外務省、NPOなどで働き、現在は生命保険代理店として活躍中(?)。中国人の夫は活動系アーティストで家に帰ってくるのは年に2~3度。大事な娘をファザコンにしてしまう格好いいだけの男。彼も間違いなく発達障害だと思う。発達障害で学習障害の娘を小学校へ行かせずに家庭で独自の子育てに邁進。アスペな娘はすくすくと育ち、中学校は1学年数人という超小規模校へ進学。自身も発達障害で学習障害、現在はうつ+ADHDの診断がついてますが、仕事に子育てに少しは介護というかなり多忙な日々を送っています。
今では浅はかでバカっぽい私ではありますが、命を懸けて精神的苦痛と闘っていた頃もあるので、同じようなタイプで今を苦しんでる人たちに、自分の言葉を届けたいと思って。

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