ねぇねぇ、電話のエジソンが鳴っているよ!?

発明王と言われるエジソンー。
生前数々の発明をしたことで有名ですね。

電気や電話など今やあって当たり前の生活ですが、もし彼がいなかったとしたら、私たちは今、どんな生活をしているでしょうか?

電話の発明はエジソンとほぼ同時期でありましたが、裁判においてベル側が勝利し、発明=ベルとなっています。

もしかすると、ベルではなく、
「ねぇねぇ、電話のエジソンが鳴っているよ!」
となっていたかもしれません。

会社を作ってくれなくてもいい。私が会社を作るから!!!

電気を発明したエジソンー。
しかし、
「電気の良さ」
が人々にわかってもらえず、電力会社設立のため、投資者を募りますが応募ゼロ・・・。

さて、彼は次にどのような行動を起こしたのでしょうか?

こたえ:自分で電力会社を設立する

という行動にでます。

並外れていると思いませんか?

努力と集中力で発明をすることは本当に素晴らしいことですが、さらにスゴイと感じさせるところは、

「エジソンには、商才があった」

というところではないでしょうか。

賢人、偉人とされる人は多いですが、彼はお金を稼ぐことに関しては、ずば抜けています。

小さい頃、新聞売りの仕事をしていたエジソンですが、新聞は早々に売り切れ、やることがなくなってしまいます。そこで、列車の責任者に一緒に食べ物を売ることを提案します。

ちなみに、新聞と一緒に食べ物の車内販売を始めたのは、エジソンが最初といわれています。また、その当時移動距離も遠かったため、地方に情報を伝えるため、自らも新聞も作り、販売しました。

そんなところを見ても、自分で電力会社を設立することにも納得ですね。

お父さん、美しいものがあるから、観に来て!私の工場が焼けているんだ!!!

さて、彼が60歳を過ぎて、新しく作った工場が火事で焼けてしまします。

普通の人だったら、しかも60歳を超えて、自分の工場が焼けたならば、どんなに気落ちすることでしょう。

しかし、エジソンは、その工場が燃えている時に、美しいからぜひ見に来るようにと父を誘います。

サーチライトの発明を思いつく

そのときの火事の現場は、消防隊員たちが、夜の暗さゆえに大変作業がしずらいものでした。それをみて、エジソンは、サーチライトを発明し、その後、多くの火災現場で役に立ち、世の中に大いに貢献するという功績を残しました。

さすが、ただでは起きぬ、エジソンですね。

工場が火災に見舞われながらも、その後、数々の発明を続け、エジソンが80歳を超えた時、ニューヨークに灯りが灯り、市民をはじめ多くの人にライトの発明他多くの発明を称えられました。

つねに前向きであることの大切さ、常識にはとらわれない発想力を私たちはエジソンから学ぶべきではないでしょうか。

Yuko

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小学生のお姉ちゃんと保育園児の息子の二人の子どもを持つ母です。
 お姉ちゃん、弟、私と本が大好きで、私は仕事帰りに図書館へ通い、沢山の本を借りています。家族で好きな本は、面白い絵本です。お姉ちゃんは、魔女系の本(ファンタジー)が好きです。
 私の趣味は、読書に料理、絵や文章を書くことも大好きです。独身時代はオーストラリアやニュージーランドにワーキングホリデーで長期滞在をして、ラウンドなどしたりしました。

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