「学校以外にも 学ぶ場所は沢山ある。」

田村淳さんのツイートより、わたしの共感する一文でもあります。

学校に行きたくないから死んでしまおうなんて・・・。

死ぬ気になったら何だってできるんだよ、って大人は子供に教えてあげなくちゃいけないハズなのに・・・。

そもそも、なぜ学校に行かなくちゃいけないんだろう・・・?という素朴な疑問が湧いてきます。

「みんなと同じでいなくちゃ・・・」というプレッシャー。

出典 http://01.gatag.net

桜が満開の頃、新しいランドセルがまだまだ重たくて、上級生のお姉さんたちにつれられて、今までこんなにたくさん歩いたことのない距離を、小学校まで毎日歩いた頃がわたしにもありました。
そして、多くのみなさんもそうだったのかと思います・・・。

同じ教室で、同じ制服を着た、同じ歳の子供たちが、同じ時間に、同じ教科書を広げ、先生から同じ話を聞きました。

「どうして自分には出来ないの?」

同じだけの時間を、クラスにいる40人くらいの子供たちは、同じようにすごしていくのに、同じテストをすると点数が違うのは、なぜなのでしょう?

同じメニューの給食を、同じ時間から食べ始めて、ペロリと平らげておかわりほしいなって思う子と、給食時間が終わってからも、食べられないものがあってずっと給食をさげられない子と、入り口は同じでも、出口が全然ちがってくるんですよね。

それってある意味、「当たり前でしょ。」って感覚でもあるけれど、それを当たり前だと思えるのは大人になってからであって、子供の時って、他の子と同じように出来ない自分に対して、「なんで自分には出来ないんだろう・・・?」って劣等感にしかならなかったりしませんでしたか?

学校を卒業して、社会人になってからも、同じようなことに悩んでいる人も、けっこういるんじゃないでしょうか?

誰にも知られたくない秘密の自分が増えていく・・・。

出典 http://01.gatag.net

「出来ない自分は恥ずかしい・・・。」

そう思う出来事が、日常の中でたくさん積み重なっていくと、人ってどんどん閉ざしていきますね・・・。

自分の唯一無二の味方であるハズの両親にさえ、出来ないことを恥ずかしくて打ち明けられない・・・。

勇気をふりしぼって打ち明けてみた時に、味方じゃなくて敵だった・・・ということがわかると、この世界には自分の味方をしてくれる人は、誰もいないのだろう・・・と絶望もしてしまうでしょう・・・。

そうやって、居場所を失っていくのでしょうね・・・。

人と同じでいることがプレッシャーになっているのでは?

出典 http://01.gatag.net

同じことを無理矢理出来るようになるために学校にいって、出来ないことを知って、出来ない自分を恥ずかしく思って、隠すことで居場所がなくなるような、そんな悲しい時間をすごすことしか出来ない学校になんて、自分の子供は行かせたくないです・・・。

いじめの原因が、子供たちの抱えるフラストレーションを、弱い人をいじめることで解消してるとしたら、いじめてる子供たちも本当はものすごく追いつめられてるってことなのじゃないかと思うのです・・・。

そしてその親も実は、社会の中で、出来ないことを隠すために、出来るフリの仮面をつくろって頑張っているんじゃないでしょうか・・・?

みんな違ってみんないい。

出典 YouTube

出来る、出来ない、で他人からの判断や評判に怯えてることよりも、「自分がこうしたい」っていう純粋な欲求で動いて生きていきたくないですか?

子供の時って、そういう純粋な欲求で生きてる時代ですよね・・・。
本来ならば・・・。

でも、今の子供たちっていうのは、純粋な欲求を忘れなくちゃならないほどに、追いつめられているってことなのではないでしょうか・・・。

そしてそれは、子供だけにかぎらず、社会を作ってる大人も同じように追いつめられているのではないかと思うのです・・・。

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