なんだか齢を重ねるにつれ、月日の経つ感覚は段々と早まっているようで、冷房の効いた部屋でじっと寝ていた以外に、特に夏らしい行事に興じることもなく、気が付けば、もう今年の8月も最終日を迎えているのであります。

あっという間に夏は過ぎ去り、季節が変わろうとしています。

花火

それでも、8月を振り返れば、僕にだって夏は否応なく確実にやってきていたのです。

花火大会です。

冴えない三十路独身男性たる僕の起居するボロアパートは、西日本最大級と称される花火大会会場から程近い立地であり、花火が打ちあがるたびに、耳をつんざく轟音とともに、ぶるぶると壁が震えます。狭いベランダから階下を覗けば、浴衣を着た茶髪ギャルや甚兵衛ルックのヤンキー、EXILE入団を目論んでいるような服装で決めている田舎の中高生集団、カップル、家族連れ、元気な高齢者など有象無象がぞろぞろ練り歩くのが見えます。

冷めた表情で一瞥した後、僕はカーテンを閉め、畳の部屋で胡坐をかき、ただ呪うのでした。

(似非ファンタジーに酔い痴れる馬鹿な大衆めが。日常に何の楽しみも見出せない可哀想な奴ら。頭の中は全員もれなくカニ味噌が詰まっているんだろうな。あーらら、美味しそう)

自分でも訳の分からぬ呪詛を唱えながら、僕は夕食用の米を水道水で研ぐ事に集中するのみです。そう。僕はただの寂しく偏屈な引きこもり気味なおっさんに過ぎませんでした。

花火なんて大嫌い

夏の風物詩として大多数の国民から絶大な人気を誇る「花火大会」を僕が激しく憎悪する理由を探ると、答えはどうやら高校生時代にあるようでした。見事に受験に失敗し、滑り止めの男子校に入学した僕に異性交遊の機会は皆無でした。まあ、その男子校という環境でも楽しくやっていた同級生もいたことですし、単に個人的な資質による所が大きかったのかも知れませんが。

その花火大会の日。地元の駅で、僕の第一志望だった共学高校に通う中学時代の同級生とばったり出くわしました。

「おお、久しぶり。花火大会?」

「あっ。うん。みんなで」

「あーね。えっ。もしや、女?とかもおる?」

「…。まあ、一応」

少し照れくさそうに答えてる癖に、その同級生のどこか勝ち誇ったような顔に気付いた僕は、生まれて初めて殺意のようなものを感じたのです。因みに僕はかかりつけの耳鼻科に行った帰りで何ら予定は無かったのでした。

花火は今日だけ

大学生になり、恨みを晴らそうと、仲が良いと思い込んでいたクラスの女子(早い段階で絶縁される)を花火大会に誘うも、忙しい、なぞいう理由で敢え無く断られてしまった僕は、花火大会当日、アルバイト先の焼肉店で時給を得ることにしました。

焼肉店は幹線道路沿いにあって、その片側二車線道路は花火大会会場までのメイン通りになっており、店周辺は車の列がみっしり並び、ずっと先まで赤いテールランプの点灯が続いていました。

店は、暇です。客はほとんどいません。

僕は時給制アルバイトであり、忙しかろうと、暇であろうと、貰える給金は一定なのですから、暇で楽であるのに越したことは無く、あはは、ラッキーと胸のうちでほくそ笑んでおりました。

そこに一組の家族連れが来店しました。上下揃いのジャージにサングラスの父、明るい髪色で恰幅のよい女子レスラー的な母、小学生くらいの男の子と女の子、四人家族でした。うっすら漂う暴力的な匂いを嗅ぎ取りつつ、ホール係の僕は席へ案内します。お冷を置き、店のシステムを説明する僕の言葉に一切反応してもらえず、どこかひりひりした緊張感、不穏な空気が伝わってきます。テーブル席のセッティングを終えて背中を向けた瞬間でした。

「焼肉は、いつでもよかろうが!」

レスラー母の怒号が店内に響き渡りました。空気が切り裂かれ、背筋がびくっと伸び上がります。振り向くと父は口を半開きにした状態で固まっていました。強面な顔面が驚愕と恐怖で歪んでいます。口の形から判断すると「はうあっ」と声に出さず言っているようです。

「花火は今日だけしか見られんやろうが!」

母は続けて絶叫しました。どうやら一家で車に乗り、花火大会会場に向かうも、道中余りの渋滞に辟易した運転手たる父が、もうここで引き返そう、焼肉食って帰ろう、そう提案してウインカーを点滅させ幹線道路沿い、広い駐車場がある焼肉店に入ったのは良いが、その際一家の実質的な支配者たる母の許可を事前にとっていなかった模様です。

僕はこの家族連れが早く帰ってくれるよう遠くから静かに祈るだけでした。楽なアルバイトが辛く危険をはらんだ業務に思えてきます。窓ガラスの向こう、遠くで空に花火が炸裂する音が微かに届きます。

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男は久留米という砂漠の中の一粒の砂であり、クルマ、金、女に縁がないライター志望の孤独で吝嗇な三十路だった…http://ameblo.jp/kt660cc http://tabelog.com/rvwr/002224433/

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