足守藩木下家文書で傍証が取れ、確定する!

7月17日、午前中に岡山県立記録資料館に到着。おそらく父親と思われる人物の記録を発見しました。この時点で、安富才輔の名前も確認し、傍証が取れました。紛れもなく、かの墓は新選組で幹部も務めた安富才輔の墓所でした

午後、再度墓所を訪れまして、先日訪れたときに茂っていた竹等の伐採も行うため装備をし、再度しっかり拝ませていただきました

これを何かしら公表したく思いまして、『足立史談』での公表を思いつきます。安富才輔は大久保大和とともに五兵衛新田(足立区綾瀬4)に宿陣しております。ということで足立区に縁のある人物ということでOKが出ました。

8月15日、無事、『足立史談』486号に五兵衛新田との交渉役~安富才輔について~が掲載されました。

周囲の竹藪を伐採して清掃された後の安富才助墓所

出典筆者撮影

周知するために新聞社と交渉す

8月16日、仕事明けで岡山へ。岡山県立記録資料館で史料調査をしました。主に天保年間を調べ、足掛け足守藩日記を天保~明治まで、40年分の日記を延々と閲覧いたしました。

8月17日、長倉さん一家と足守へ。一緒に墓所周辺の伐採作業を。ずいぶん見通しのよい環境となりました。墓所整備は大事です。

この間、長倉さんが山陽新聞に働きかけ、記事掲載を要望しました。しかしなかなかうまくいきません。記者との相性もありますが、長倉さんをもってしても困難な壁がありました。

10月23日、そこに地元の名士、Sさんと出会います。Sさんと知遇を得ている山陽新聞Iさんと一緒に安富才輔墓所へ。この杉原さんとIさんに交友があり、一度断られながらも、取材が行われました。この橋渡しに長倉さんが活躍してくださいました♪

安富才助墓所を取材する山陽新聞記者とSさん

出典筆者撮影

念願叶って記事に!

11月11日、この取材により、山陽新聞社会面に「安富才輔故郷に眠る 出自や墓明らかに~足守藩出身 新選組・土方歳三の側近 東京の研究家が現地調査」が掲載されました。この記事はネットニュースにも流れたため、新選組ファンに多くの反響が寄せられました。

これをきっかけに長倉達郎さんも岡山市内で、特に足守で認知を進めるべく、精力的に活動されました。特に侍屋敷の館長さんに認識を深めていただけたおかげで、次第にゆっくりと、足守の方々に伝わってまいりました。

岡山に新選組同好会が発足

当時の山陽新聞に掲載された記事

出典筆者所有

年が改まって2009年2月、日野新選組同好会、峯岸会長から依頼され、同会主催の岡山新選組ツアーを依頼され、下見に行ってまいりました。関係各所へ挨拶し、タイムスケジュールを確認いたしました。このツアーが4月21日、長倉さんのプッシュのおかげで山陽新聞に掲載されると参加者が爆発的に増えまして、当初27名の定員となるバスを予約していたものを急きょ57名定員のバスに切り替えました。

5月24日、まさかの新型インフルエンザ発生!!中止も危ぶむなか、岡山駅西口に参加者が集合。ツアーが開始されました。一同解散後、有志による懇親会が岡山駅地下の居酒屋で催されました。このツアーの特徴として、岡山県内外の参加者が実に7割を超え、当該県での新選組ファンも結構多かったことがわかりました。その席上で、「同好会で出来たらいいね~」なんて話が飛び出して、お別れとなりました。

その後、長倉さんの呼びかけに、安富才輔の調査でお世話になった安富誠さん、偶然岡山に住んでいた清水さん(佐藤彦五郎子孫)等が集まり、翌年4月に岡山新選組準備会が発足いたしました。

昨年、岡山新選組準備会が「準備会」の文字が取れ。岡山新選組が発足いたしました。こうして振り返れば、安富才輔がいなければ、この同好会も生まれず、長倉達郎さんの全国PR行脚も半減してたのではないかと、思うことしきりです。

これからも岡山新選組の支援のもと、安富才助の顕彰活動が永続するものと思います。みなさまも是非一度、安富才助の墓所に足を運んでいただけたら幸いです。

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在野の歴史研究家です。主に幕末維新の人物史を中心に研究活動を行っております。

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