私の叔父は55歳で亡くなった。

最初は大腸ガンが見つかり、人口肛門になって3年、肺に転移が見つかり、最後は肺ガンで亡くなった。
肺ガンの末期は、吐血と絶え間ない咳との戦いだ。
叔父の奥さんは、叔父に完全に依存して生きてきたから、肺ガンが見つかった時点で、うつ状態が始まっていたように思う。
頼もしい夫が、間もなく死んでしまう、と思ったら、恐怖で眠れなかったに違いない。

そう、死の恐怖、は自分の死に限らず、自分の大切にしている人の死も、とても恐ろしく、世の中は恐怖でいっぱいなのだと思う。

叔父は何もできない奥さんのために、生きているうちに、生命保険に連絡して、準備をし、奥さんと書類を作成した。亡くなったら、提出するだけにして。
お墓も買い、戒名もいただき、お墓の墓碑にも戒名を生きているうちに刻んだ。位牌もご住職に頼んで、仏壇も用意した。
土地家屋などの相続に関しても、叔父が司法書士に依頼して準備した。
葬儀屋にも依頼をした。
遺族年金についても、叔父と奥さんとで、説明を受けてきた。

叔父は限られた時間を、奥さんが生きていくための準備に奔走した。

すべて準備が整い、時間に余裕ができた叔父から、私が車で4時間かかる距離に住んでいたためにお見舞いにしょっちゅう行かれないことから、毎日FAX交換をすることになった。

会話もできない、食事も摂れないほどの咳の中で、叔父は毎日FAXをくれた。

人生について、仕事について、家族について、

死を目前に控え、今伝えたいことを必死に伝えようとしていたように思う。

大吐血をして叔父がついに入院し、最後にきたFAXが、

「どうか『ふるさと』の歌を、真美(←娘の名前、当時3歳)ちゃんに教えてやってください。そして一緒に歌ってください。本当にいい歌です。私の今の心の中が、この歌の歌詞の表す、すべてです。おじさんのこと、ふるさとを歌うたびにぜひ思い出してくださいね」


娘は今、22歳。
3歳で教えた、ふるさと、を、時々買い物に行く車の中で2人で熱唱する。
そうまさに大熱唱!

おじちゃん、忘れてないよ。

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神道、仏教、聖書、なんでもミックスして独自解釈で精神世界を読み解くのが大好きです!好奇心はアドレナリン異常なぐらい旺盛(*^o^*)
バリバリ営業職で働いてきたから、今は好奇心のままにたくさんのバイトで楽しんでいます。大企業を7回転職歴があるのも自慢です。

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