裕太容疑者をどのように育ててきたのか。

高畑淳子さんの謝罪会見では、これまでの子育てに焦点が多く充てられていました。

多くの人の目に映る、裕太容疑者の言動、それは、”奇行”

一部、謝罪会見の記者の質問が、母親にするような内容ではないという声も多くあがっていますが

性に関する質問が出ることも、また、已む得ないのかもしれません。

「どうして、こうなってしまったのか」

「いったい、何がいけなかったのか」

子どもが罪を犯し、人に危害を与えてしまった場合

親はこの、いくら考えても明確な答えが見つからないであろう、質問を喉元までつきつけられるのでしょう。

常に刃をつきつけられる、重圧に一生耐える。

それが、親としての責務なのかもしれません。

しかし、それは、あくまで、加害者と、被害者の間での問題。

仮に、今後、高畑淳子さんが、芸能活動を自粛されたとしても、

今後、どのようにすれば、同じような事件が、起きないですむのか。

そこに、目を向けなければ、

具体的な、問題解決が、何も議論されないまま、事件そのものも、人々の記憶から薄れていってしまうのではないでしょうか。

人様に迷惑をかけることはしてはいけない。

警察のお世話になることはしてはいけない。

子どもの罪は、親の責任でもある。

これらの当たり前の、倫理をかざし、罪を個の意見で物申したくなる背景には

己れは、わが子は、決してこうはならないはずだ、という前提があります。

それがゆえに、倫理から外れた行動は、奇行に映ります。

キワモノに映ります。

ですが、倫理を外れた人間をキワモノ扱いしている限り

最も問題解決のために、必要な視点が、抜け落ちてしまうことに、私たちはもっと、気づかなければいけないのかもしれません。

人を裁き、自分は正しいという視点が生む、日本の倫理教育の落とし穴。

それは、

もし、己れが、あるいは、子どもが、倫理に外れるなことをしたくなった場合はどうすればいいのか。

コントロールできないような、衝動に襲われることも、もしかしたら、今後、あるかもしれないという、視点です。

万引きをしてはいけないのは、わかってる。

でも、スーパーで、お菓子を盗りたいという気持ちになったら、どうすればいいのか。

集団で一人を、いじめてはいけないのはわかってる。

でも、殴ることも、蹴ることも自分からやめることができない。

もしそうなったら、どうすればいいのか。

感情は、意思とは関係なく、自然に沸き起こるもの。

コントロールできないほど、どうしてもやってみたい衝動にかられる。

止めることができなくなる。

それは、自然に誰でも、起こりうること。

そんなことをするはずがない。

そんなことをしないと、信じている。

人を信じるという言葉を使うことで、どこか私たちは、己の都合の良いように、人の善しか見ようとしないところが、あるのではないでしょうか。

誰だって倫理に反する行動をしてしまう可能性がある。

それほどの感情がわきたつことがある。

それを受けいれることが、個を尊重し、ありのままを受け入れることになるのではないでしょうか。

これは、何も子育てに限ったことではないのかもしれません。

高畑淳子さんが演じられた役で、一番印象に残っているのは白い巨塔での東教授の妻、東政子役。

上層階級になりきれないことによる沸き起こる、苛立ち、妬み、焦り、怒り

それらを、必死に周囲には知らせまいとする女としてのプライドを意地でも守る姿

あの早口で甲高い声が、その内面をよく表して、見ていて本当に憎たらしい。

けれど、憎み切れない。

高畑淳子さんは、はまり役でした。

今回の事件を受けて、CMなども降板されています。

今後、高畑淳子さんを、テレビでお見掛けする姿を見ることができたときは

作り手側の

それでもやはり、高畑淳子に演じてもらいたい。

高畑淳子でなければいけない。

そんな思いに後押しされての、出演なのではないでしょうか。

そして、そこにこそ、女優としての、高畑淳子の真の価値があるのではないでしょうか。

高畑淳子さんの姿を、再びドラマで見ることができることを、楽しみに待ちたいと思います。

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大多和由未乃 このユーザーの他の記事を見る

元プチモンスター妻、7年間夫婦の営みの無い生活、そして、夫からの離婚から、心理に興味を持ち始めたのち、夫との関係も修復し夜の夫婦生活も復活。現在は夫婦専門カウンセラーとして独立。夫のモラハラ、DVが無くなった!別居寸前だったのが夫婦仲修復に向かった!等の声を多数いただいています。

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