九州から熊野に暮らして7年が経ちました。
長崎に生まれて九州で育ち結婚。
3人の娘に恵まれて穏やかなに暮らしていました。

その後夫の実家である熊野へ移住したものの
わずか数ヶ月で離婚。
3人の娘と共に九州へ帰ろうかな?
と思ったけれど、せっかく遠い熊野へ
縁があって来たわけだし、
1年くらい住んでからでも良いかな。
そんな感じでした。

いろんな人達と出会い、
趣味だったステンドグラスで
お仕事をさせて頂く機会に恵まれ
一年を過ぎた頃に
台風12号の大水害。

幸いな事に、3人の娘と車とステンドグラスの
道具だけが無事でした。
すっかり身軽になって、
キャンプ場に1年程お世話になり、
そのままそこへ就職。

この限界集落と呼ばれる里山で
仕事に恵まれて来たのは
本当にありがたい事でした。

九州に暮らしていた頃に比べると
とにかく生活コストが低い!
外食しようにも近くにお店はないし、
コンビニだって30分車を走らせないと
無い訳ですから無駄な出費が無くなり
僅かずつでも貯蓄が出来るようになりました。

子供の頃から転勤族の家庭だった為
自分の家というものに憧れていました。
だから、古くても安く手に入る家を
購入出来たらと思っていたのです。
その夢がこの地域ならシングルマザーの私でも
叶うかもしれない。
そう思えてしまう程に安い空き家がたくさん
あったのです。

もちろん車が無ければ不便な場所。
それでもここならではの楽しみが
たくさんあって、それを魅力だと思えたら
幸せに暮らせるように感じました。

そんな時にネットで検索して
中古住宅を探していたら
全国のいろんな移住者支援政策を
紹介するサイトを見つけたのです。
小さな子供と共に移住すると住宅の
購入費用や改装費がもらえるような
補助金なども多く、そういうものを利用すれば
九州に帰る事も出来たはずでした。

けれど、結局子供達とここで
暮らすことを選び
思い切って住宅ローンを組んで
古い家を買ったのです。

もともと床屋さんだった家らしく、
外から見ると店舗だった事がわかります。
その店舗部分を利用して、
何か出来ないだろうかと
頭をひねる毎日。

私に出来る事と言ったら
ステンドグラスくらい。
お教室?建築物用の受注?
この場所で?

生活して行けるほどの仕事が
あるとは思えないのだけれど
それでもやってみたかった。

いちおう、保険のつもりで
介護の資格も取りました。

したい事と出来ることは違うもの。。
仕事にするなら出来る事。

悩んでる場合では無い。
住宅の購入時にリフォーム分を150万
上乗せしていたので何とかそれで
店舗と工房を作ることにしました。

そして始めた店舗改装。
7年経ってもよそ者の私が
果たしてどこまで出来るのか。


3人の娘、そして昨年九州から
引っ越して来た母を抱え
不安も多いけれど、
道がある限り歩いて行きます。

不思議でならないのは
農業を目指している訳でもない
普通のお母ちゃんの私にとって
ここが豊かな場所に思えてならない事です。

今は自分の直感だけを頼りに

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