前後の会話が見えずとも辛辣かつ低度から中度の不快感のある言葉の表現であった。
蓮舫氏曰く、岡田代表はつまらない男。前置きの大好きですけど、を聞いたとしても活字であっても、蓮舫氏の培った感性を露呈した。それが党を変えようとする戦略の一貫で氏を鉄のような女性、性別ではなく当然、有能な政治家てしの確信を与えようとしていても。
古いものは去れ!お前はつまらない男だ!さあ次なる時代の幕が上がるぞ。
三文オペラ的ならばこういうことなのだろう。しかし、何というか、私、私、私、と
いう徹底した主語ばかりを感じて結局、これが氏の政治生活において培った感性で
あろう。
 
皆が吉田沙保里選手のプレッシャーとこれがオリンピックの怖さなのだ、
と心を寄せている時、タイムリーとまでに言いたい放題番組で昨今の役割のように
ミッツ・マングローブ氏が言った。

シラけちゃってえ

ミッツ氏からしたら役割であるコメンテーターの正直でシニカルな視点をいつものように言葉にしただけ。しかしこれは中度から高度の不快感を与えツイッターではとりわけ批判が続出した。言論の自由だとか、これぐらいで、という意見もあろうし正直とかシニカルとかが世に受けていて今の役割だとしても自分に出来ないことを続け努力ししてきた存在へのリスペクトがない、ということか。

世に打って出るべくもなく、世に存在し、ひしめき合う中で泳ぐ、この二人の今回の言葉の表現はいづれも風の如し。風化の途を辿るだろう。

しかし、ああ、この人はこういう見方をするのだ、こう思う人なのだと、人となりを見せつけられてしまう。当然、支持者やファンがいるわけだか、
あからさまに見せた感性が情の機微が乏しい、そういう人生なのかもしれぬ、と、ただ。

正直とシニカルの境界線はどこにある?

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ゆえに美しく言葉を育みたい。
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