母から私、私から子供達へ繋がる愛のバトン

おはようございます❢

まだ夏休みなのにお弁当作りの癖で早起きしてしまいました。

今この記事を読んでくださってる中にはお母さんを頑張っているという方も居ると思います。
私は母歴17年3ヶ月の2人の子供を持つバツイチママです。

離婚は上の娘が小学校に入学する直前3月にしました!
よくあるDVです。

私には殴る蹴ると言うより言葉の脅しの方が多かったですが、子供達は言葉で罵倒したとこで伝わる年齢ではないので殴られてしまいます…

私は義母の介護を終えて実家に子供達と帰りました。
県営住宅の抽選にラッキーな事に2回目で当たり1年程で3人家族での暮らしになったのですが、私には大きな問題があったのです…

娘が幼稚園に入学する前の年に『膠原病』になりました。
膠原病とは特定疾患と言い、国が定めた難病の事を言います。

オマケに娘が卒園の頃には介護鬱を発症してそこから夫の度重なる暴言で追い詰められ完全な精神疾患を患ってしまったのです。

もし子供達を欲しいと言われていたら今の生活はありませんでした。

私達は実家の近くで暮らしながら入院の度に両親に子供達を預かってもらい、年子の姉弟は小学生の半分を実家での生活にしてしまいました…

そんな私が今でもよく覚えていることの1つは
「母の日」
娘が小4、息子が小3の時です!

2人はCMの真似をして
「ママは今日は何もしなくて良いよ!アタシがカレー作ってあげるね」
「じゃあ、僕はナンを焼くからママ教えて」
そうして不思議な形の野菜たっぷりカレーと半生のナンが完成♡♡♡


でも私には涙が溢れて「ママ、不味いの?」「失敗した?」
そう言ってくる子供達に鼻をすすりながら「とっても美味しいよ、美味しくて美味しくて泣けてきちゃった」

本当は嬉しくて美味しいのかどうか鼻水の味しかしてませんでしたww



それくらい嬉しかったんです。

今では高校生の2人!!
膠原病で両手が関節炎になってしまった私のために今では食事の支度を手伝ってくれたりします。



3人での共同作業晩ごはん!

出典筆者撮影

炊飯器は重いので娘はご飯を炊いて、お姉ちゃん楽してると言いながらプルコギを作ってくれた息子!
私は片手で出来るキャベツの塩もみサラダ(ハム、カニかま入り)

子供達の愛情をまたしても感じた幸せものの母でした。

この日の夜を堺に右手(ひどく痛んだ関節炎)をかばい続けた左手もアウトに...
そして両手は包帯ぐるぐるになりました(;_;)

そんな私が大変だろうと、母が皿洗いなどを手伝いに数日来てくれました!
この年になっても世話をかけてしまう親不孝な娘です…私は(T_T)

やっと原付きの運転をしてスーパーに行ったのは良かったのですが、切らずに調理出来て子供達にお願いできるように肉ばかりだったので、魚に飢えていた私(´▽`*)アハハ
そこになかなかのお魚切り身!
思わず頭の中に《ムニエル》の文字(笑)

帰りに実家に寄って母に調理をお願い!!

心良くわがままを聞いてくれた母。
けして甘やかされて育った訳ではありません。
ただ、毎月熱を出すような子供でしたので心配ばかりかけてきた私ではあります…

普段は厳しいのですが熱を出すとプリンやゼリーを買ってもらえると思って辛い気持ちを誤魔化してた事、知っていたみたいです。
さすが母です、まだまだ母にはかないません!

そんな事を懐かしく思い出している間にムニエルは完成❢
家に帰り、仕事(ハンドメイド作家)も出来ずダランとしていましたら
夕飯時にまた魚煮たからと持ってきてくれたんです♥♥♥


母の魚+魚のありがとうごはん

私、封を切るだけの豆もやしww
母の作ってくれたムニエルとマグロの角煮❢
お母さん、ありがとう!!

心配症の母の遺伝子は私にも娘にも繋がっているようです!
小6の時に娘に言われた1言
「ママは心配症すぎて心配〜!」
(*ノω<*) アリャリャ~

本当に子供達の小学生時代は一緒に居てあげられない事が多かったのに優しく真っ直ぐ育ってくれた事に感謝しかありません。
離婚したばかりの頃は父母もしなくちゃと思いましたが、数年でやめました!
私はお母さんだからお父さんをするなんて出来ない。だったらお母さんだけに専念しようって!

喧嘩も本気でしちゃうような子供みたいな私ですが、何にでも本気でぶつかる事にこれからもしていきたいと思います。


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