人間なら誰しも、孤独感や空虚感に襲われたことがあるだろう。
小学生ですでに感じる子もいる。
それが私だった。
友達から仲間外れにされたこともないのに、なぜか孤独感にさいなまれた。

空虚感に関しては、人から認められることがあればあるほど、成功体験を積めば積むほど、暗黒に堕ちるような不安に、決まって就寝前に襲われた。

仲間に囲まれ、楽しく過ごしているのに、なぜこんなことになるのか、自分でもわからなかった。

だから、神社やお寺、仏教や聖書、あらゆる宗教のことも調べた。
でも答えは見つからなかった。

結婚もし、子どもも授かり、平凡で幸せなのに、どうやってもこの空虚感と孤独感からは逃れることができないのだ。
精神科も受診したが、治療の必要はないと言われた。

では私はどうしたら、この感情から解き放たれるのか。

幼少期に虐待があったか、医者に聞かれた。
虐待はない、と思う。
貧しい家庭で両親は不仲だったが、子供は愛してくれていたと感じていた。

精神科に行かなくなってしばらくして、急に記憶の扉が開いた出来事を思い出した。

私が小学1年生の時だった。
私はよく近所の公園で遊んでいた。
そこへ、小学校の教員をしていて定年退職をしたというおじさんが、犬を連れてよく公園に来ていた。
私はその犬とよく遊んだ、と思う。
思う、というぐらい曖昧だ。
そのおじさんから、いつしか私は公園の隅の木の陰で、おじさんのひざに乗せられて絵本を読んでもらうようになっていた。
おじさんは、私にだけしか、本を読まなかったし、人目を避けるようにいつも2人きりだった。
ある日、おじさんから『うちはそこなんだけど、ちょっと遊びにおいでよ』と、おじさんの家に招かれた。公園の目の前の、小さな戸建ての洋風な家だった。
私は何の警戒心も持たずに、おじさんの家に入った。
するとおじさんが『おい、連れてきたぞ』と中にいた奥さんを呼んだ。奥さんは、走りながら玄関に来て、私の手を取り、涙ながらに、『ようこそ』と言った。
異様な光景だが、小学1年生の私には、それすらもわからなかった。
奥さんから、『身をまずは清めましょう』と言われ、私は奥さんとお風呂に入らされた。なんとなく丁寧に洗ってもらった記憶がある。
お風呂から出て、服を着て、リビングに通され、お菓子やジュースをいただいた。
おじさんも、奥さんも幸せそうにニコニコしていたと思う。
お菓子が食べ終わる頃、『じゃあ、そろそろ』とおじさんが奥さんに言うと、私は夫婦の寝室のベッドの上に座らせられた。
夫婦は、その私の足元の床に正座をしてひれ伏し、『ありがとうございます、ありがとうございます』と何度も何度も、床に頭をこすりつけて、土下座のような姿勢で合掌しながら10分ぐらい私を拝んでいた。

私は、奥さんから泣きながら感謝されて、家を出た。
それからおじさんが公園に来ることはなく、家も引越してしまったらしい。
その後、ウワサで、おじさんが公園にいる子どもに性的虐待をしていたのではないかと、言われていたが、引越してしまったからウワサはあっという間に鎮まった。

私は間違いなく性的虐待は受けていない。ひざの上で絵本を読んでもらったが、親しくなるためのおじさんなりの表現だったのだと思う。

しかし、なぜ、あの夫婦が、私にひれ伏し、ありがとうございます、を連呼したのかがわからない。もしかしたら、私の空虚感や孤独感を解くカギは、ここにあるのではないかと考え始めている。

同じような経験のある人がいたら、ぜひ共有して、その意味を探求したい!
どなたか似たような経験のある人、いませんか?

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神道、仏教、聖書、なんでもミックスして独自解釈で精神世界を読み解くのが大好きです!好奇心はアドレナリン異常なぐらい旺盛(*^o^*)
バリバリ営業職で働いてきたから、今は好奇心のままにたくさんのバイトで楽しんでいます。大企業を7回転職歴があるのも自慢です。

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