あの夏、見られなかった花火。

今月はじめ、我が家の住む町では、一年で一番大きなお祭りがありました。夜の花火大会には、近隣の地域から、たくさんの見物客が訪れます。

毎年大々的に開催される、花火大会。

それが開催されなかった年があります。





2011年の夏。




あの年は、多くのイベント、お祭り、花火大会が中止となりました。






あの年、あの夏。

ある小さな町で、小さな小さな花火大会が行われました。

これは、その花火大会についてのお話。

行われなかった卒業式

仙台のある中学校。




2011年3月12日、その学校では卒業式が執り行われる予定となっており、前日には紅白幕が張られ、準備が整っていました。



でもそこは、そのまま避難所になることとなったのです。

その日から、学校は、そして子ども達の生活は変わりました。


教員は子どもの安否確認から、避難所としての対応にも奔走しました。


物資が届き出してからは

空き教室はどこもダンボールが天井ぎりぎりまで積まれ


校庭には仮設住宅が建てられました。





そんな中でも、学校はなんとか授業を再開。





そして






夏が近づいてきました。

自粛ムードの中、佐藤先生が思いついたこと。

その年、お祭りはどこも「自粛」。


延期や中止が相次いでいました。



この地域の毎年ある二つのお祭りも、中止が決まっていました。



学校で研究主任を務めている、佐藤先生は思いました。



この長閑な地域て、800人もの死者・行方不明者を出した今回の津波。



これからどうなるのか、皆が不安な毎日を過ごしてきた。



そんな中でも、子どもたちがスポーツで、文化活動で、活躍するたびに

そのご報告をさせていただく度に、避難されている方々が、この地域全体が、明るくなった。みんなが笑顔になる瞬間だった。

子どもたちの力はすごい。




何か、子どもたちが元気になれるような

そしてそのことで地域が元気になれるようなことはできないだろうか。







そう思った佐藤先生が、生徒と一緒に考えついたのが




「夏祭りをしよう」ということでした。

反対された夏祭り

「学校で夏祭りをしたい」

それを提案した時。



初めはどこへ相談に行っても、反対を受けました。



「こんな時期に、お前は一体何を考えているんだ!」

そんな風に地域の方からお叱りを受けたこともありました。





それでも、佐藤先生は諦めなかった。



どうして、今この時期に「夏祭り」なのか。


生徒の、地域のこの夏を、「津波」だけにしたくない。

みんなの笑顔が見たい。





先生は、その思いを丁寧に伝え続けました。




すると、あるとき


地域でも、発言力のあるリーダー的な存在の方が、こんな風におっしゃったのだそうです。



「盆踊りっていうのは、元々は死者を弔うためのものだよ。そういう気持ちで、お祭りをするのもいいんじゃないでしょうか。」

広がっていく、お祭りの輪。

そこから、徐々に協力を申し出てくれる人の輪が広がり始めたそうです。





子どもたちも積極的に準備に取り組みました。



すると。


「今はそんな時ではない」「不謹慎だ」

そんな風に思っていた方々も



「お祭り」の持つ活力、子ども達のエネルギーが求心力となって



みんながそれぞれにできることを提案・協力してくださるようになっていったのです。





「お祭りなら、浴衣がなくちゃ!」

あるNPOの団体はそう言って、生徒の人数分の浴衣を集めてくださいました。





2011年7月30日、お祭り当日。特別に登校日とし、夜7時から9時までを活動時間とできるように学校ではカリキュラムを組みました。


管理職の決断がなければ実現しなかったことでしょう。

そして、お祭り当日。


雨だった当日、盆踊りやよさこい披露のために、避難所の方は体育館のスペースを開けてくださいました。




途中で雨は上がり



「夢・命・心」



子どもたちが自分たちで選んだ文字が、灯篭の明かりで校庭に浮かびあがりました。




色とりどりの浴衣を着る子どもたちの、満面の笑み。

校庭の隅に上がった、小さな打ち上げ花火。

そんな中、市販の、小さな打ち上げ花火があがりました。




地域の方が校庭に用意してくださったものでした。









途中、うまく着火しないものがあったり

続いて上がらなかったり。








それでも、子ども達は本当に本当によろこびました。


「今年もお祭りができたね。」

「花火、見れたね。」


そんなふうに言い合って。








7発。


8発。




「終わったー・・・」







みんながそう思った時。















「ドン!!」



瓦礫の町から、大音響の花火が上がりました。




本物の、本当にいつものお祭りと同じ、花火。







「子ども達に花火を見せてあげたい」


そんな思いを大人たちが語りあううちに、なんと

「俺、花火師だから!あげられるぞ!」

と、申し出てくださる保護者が現れたのでした。


費用はPTAみんなで工面をしました。








子ども達も、地域の方も、みんなみんな、泣いていました。







いつもと同じ、花火を見上げて。


「楽しい」が持つ力。

このお話を聞いて、私が感じたのは



どんな困難の中にあっても、どんな絶望の中にあっても



人の笑顔や活力というのは、人を引き込む力があるんじゃないかということ。


そしてそのパワーは、どんどんと拡大していく。


人には、楽しいことや誰かを喜ばせることに向かって行く、本能のようなものがあるのではないか、ということです。

このお話は、実際の写真をスライドにして、佐藤先生が「防災教育研修講座」(教員の夏季研修講座)の中でご紹介くださったものでした。






この夏祭りのエピソードの前に

3月11日、その中学校で、また近隣の高校で、子どもたちや地域の方々がどんな光景を目の当たりにしたのかも

動画や写真を交えて、お話くださいました。




そして、主題はその後ご講義くださった、防災教育の実践についてだったのですが(そしてそちらもとても素晴らしいものだったのだけれど)




私はその中から、このお祭りのエピソードを、ぜひみなさんにもシェアしたいと思ったんですね。




それで佐藤先生に許可をいただいて、今回ご紹介させていただきました。






これから打ち上げ花火を見るたびに、あの中学校の子どもたちはきっと

「中止になったお祭り」

じゃなくて。




あの混沌の日々、悲しみや、絶望の中にあっても




みんなで見た、いつもと同じ花火。

それを見上げた時の気持ち。

浴衣を着た、みんなの笑顔。




そんなことを思い出すんじゃないかなぁって思いました。




そして、それが実現した、この物語の始まりが




佐藤先生の「みんなを元気にしたい」という思いなのだということに

私は心うたれるのです。







きっと佐藤先生には、子どもたちや地域の方々の

お祭りを楽しむ笑顔が

ずっと見えていたのかもしれないね。




佐藤公治先生、素晴らしい講義をどうもありがとうございました。

(*記事内で使用した画像はイメージです。実際のものではありません。)

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