長年銀座線で活躍した01系が2016年度限りで引退します。その歩みを御紹介しましょう。

■現代車両の基礎を作ったパイオニア

東京メトロ01系は営団地下鉄時代の1983年5月に登場し、1984年1月1日(日曜日・元日)、上野0時15分発の浅草行きでデビューしました。それは鉄道車両新時代の幕開けでもありました。

車内へ入ると、乗降用ドアの上に旅客情報案内装置があります。停車中は駅名に赤ランプが点灯。発車すると赤ランプが次の駅に移り、矢印には緑のランプが点灯するという画期的なものでした。また、到着時、開閉時にチャイムが鳴りました。さらに銀座線は走行中、一部区間で照明が切れて、赤い非常灯がつく場面もありましたが、電動発電機の搭載により、それを解消しました。

そして、営団地下鉄の車掌は駅に備えているブザーを鳴らしてから、乗降用ドアを閉めますが、乗務員室に乗降促進ブザーを設け、そこからでも鳴らすことができるようにしました。また、車外に向けての放送もできます。

銀座線は渋谷と上野にある車両基地のみ地上、ほかは地下で、車窓は“暗闇”ばかりですが、それでも側窓を大きくしました。参考までに、千代田線用の6000系、有楽町線用の7000系が登場した当初は、“地下は車窓にならない”ことを理由に側窓を小さくしていました。

こうした斬新な車内設備は利用客やレールファンのみならず、同業他社にも衝撃を与え、徐々にこのスタイルが広まりました。

乗降用ドア上の旅客情報案内装置は、銀座線の場合、同業他社との相互直通運転がないので、マップタイプにすることができましたが、丸ノ内線を除く、そのほかの路線は相互直通運転を行なうことからLEDを採用し、より多くの情報を流すことができました。ちなみに丸ノ内線は、ホームドア設置による車両改修を行ない、一部のドア上の情報案内装置はLED、もしくはLCDに変わりました。

1992年には東武鉄道が20050系という日比谷線直通対応車両を投入し、乗降用ドア上の情報案内装置にLCDを採用しました。当時、テレビはブラウン管が当たり前で、液晶画面が珍しい時代でしたが、劣化が早く、早々と撤去したのち、LEDに変更しました。

LCDの採用は時期尚早の感がありましたが、21世紀2年目の2002年、JR東日本は山手線用にE231系500番代を投入した際、旅客情報案内装置はLCDを採用しました。すでに時代も液晶テレビに転換していったせいか、見やすさが向上。LEDに比べ、キメ細かな案内ができます。

営団地下鉄は2004年4月1日(木曜日)、特殊法人から民営化して、「東京メトロ」になりました。民営化初の車両となった10000系(2006年登場)は乗降用ドア上の旅客情報案内装置をLCDに変えています。この車両は2008年6月に開業した副都心線のエースとして投入されたものです。


出典 http://www.huffingtonpost.jp

ハフィントンポスト日本版「東京メトロの車内空調-地下区間の昼間は、暖房を使わなくても『寒い』と感じない-」より(岸田執筆)。

さて、01系は鉄道車両に革命を与えましたが、登場当時は冷暖房がないという欠点がありました。1990年から冷暖房を完備した車両が登場。既存車両は改造により冷房装置を取りつけられました。なお、暖房装置は取りつけられていません。相互直通運転が行なわれていないことや、地下区間では車内の温度が徐々に上昇するため、暖房がなくても特に問題がないからです。

■銀座線と丸ノ内線

銀座線と丸ノ内線は第3軌条方式で、パンタグラフがなく、線路脇から流れる直流600ボルトの電流を台車で集電し、走行しています。なので、ホームに転落しないよう、充分に気をつけてください。誤って第3軌条に触れると、感電死する危険性があります。

さて、同じ第3軌条方式でありながら、丸ノ内線の車両が銀座線に乗り入れられないことを御存知でしょうか。

それは車両の規格が異なるからです。

銀座線は1両16メートル、横幅2.6メートル。丸ノ内線は1両18メートル、横幅2.83メートルだからです。但し、線路幅は同じです。

理由は、銀座線は日本で最初の地下鉄路線で、あとからできたものは車両規格を大きくとり、定員を増やしたからです。個人的なことで恐縮ですが、銀座線はレトロな面と、古さに独特の雰囲気があり、好きな路線の1つです。

01系は丸ノ内線に直通できるメリットを活かし、丸ノ内線直通の臨時列車が運転されたことがあります。

例えば、浅草発荻窪行きの場合、両線がまじわる赤坂見附が近づくと、01系は銀座線から丸ノ内線へワープ。車両規格の関係で乗降用ドアは1両につき、中央の1か所しか開けられず、しかも手前の駅で乗り込んだ係員が車掌の業務放送で指示を出されたあと、手動で開閉作業を行なっていました。

この作業は大変手間がかかるもので、座席の下に手動で乗降用ドアの開閉ができる装置があるため、そこへ坐っている乗客には丁重にお願いして、立っていただきました。銀座線の車両と丸ノ内線のホームのあいだは必然的に空いているため、丸ノ内線内は各駅に停まることができず、主要駅停車の急行運転でした。ちなみに、丸ノ内線荻窪からの浅草行きは赤坂見附を発車すると、銀座線にワープしていました。

残念ながら、丸ノ内線のホームドア設置に伴い、01系を充当した丸ノ内線直通の旅客列車が姿を消しました。

■銀座線と半蔵門線

銀座線は車両規格などの関係で、輸送力増強が難しい難点もあり、混雑緩和のため、営団地下鉄はそのバイパスとして、半蔵門線を建設しました。

銀座線と半蔵門線は渋谷が起点で、前者は地上、後者は地下にあります。そのため、東京急行電鉄田園都市線と相互直通運転をしている半蔵門線永田町・大手町方面は表参道で、銀座線銀座・上野方面に乗り換える乗客が多いです。また、銀座線の渋谷は地上にあるので、JR線、京王電鉄井の頭線の駅に近いことから、半蔵門線渋谷方面の電車は表参道で乗り換えるケースがあります。

■01系は2016年度限りで引退

1927年12月30日(金曜日)、日本初の地下鉄、東京地下鉄道が開業し、当時は上野と浅草のあいだを結びました。のちの銀座線です。

地下鉄開業70周年の1997年、同じく80周年の2007年には、01系1編成を用い、開業当時の1000形を再現したレモンイエローのボディーと、茶色の屋根を再現したフルラッピング車両に“お色直し”をしました。前者は1・6号車のみでしたが、後者は全車に拡大し、レモンイエローが明るい色調となりました。

2011年に入ると、銀座線に新型車両1000系が登場。開業時の1000形に倣い、レモンイエローのボディーと、茶色の屋根をフルラッピングで再現しました。あるムックの取材で東京メトロにきいたところ、8年間は張り替えなしを想定しているそうです。

1000系の登場に伴い、01系は2013年4月から廃車が始まり、世代交代が進められています。車両更新完了後はホームドアの設置を進めていく予定です(現在は上野駅渋谷方面ホームのみ設置)。

出典 http://www.huffingtonpost.jp

銀座線01系は残り5編成。

今や01系の“待ち時間”が長くなりました。お時間がありましたら、01系が到着するのを待ってから、乗ってみるのはいかがでしょうか。

■地下鉄走って2017年で90年

「地下鉄の電車はどこから入れたの? それを考えてると一晩中寝られないの」

上記は春日三球・照代の漫才ネタです。地下鉄は地上に車両基地がある場合はそこからもぐりますが、一部の路線は車両基地から本線まで、“オール地下”もあります(東京都交通局の都営大江戸線、大阪市交通局の今里筋線など)。その場合は車両基地の地上側からクレーンを使って、下ろすという大がかりな作業です。

今の時代、地上の土地を確保することが困難なようで、地下に車両基地を作らざるを得なかったところもあります。地下鉄は建設費用が莫大で、開業後もトンネル点検など保守費用もかさみます。赤字が続くと運賃値上げも避けられませんので、1日乗車券を使って地下鉄に乗り、あちこちの街へ散策してみてはいかがでしょうか。

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岸田法眼 このユーザーの他の記事を見る

レイルウェイ・ライター。旅、鉄道、小説、時事問題、プロ野球、大相撲などをテーマに執筆。2007年1月にライターデビュー。以降、『TRAIN MODELING MANUAL』(ホビージャパン刊)、『鉄道のテクノロジー』(三栄書房刊)、『鉄道ファン』(交友社刊)、『エキサイティングマックス!』(ぶんか社刊)、ハフィントンポスト(ザ・ハフィントン・ポスト・ジャパン刊)などに寄稿している。

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