いまでは、ありふれた料理となってしまった「親子丼」。その起源は、名のある料亭だった。

明治36年、大阪。第5回内国勧業博覧会にて、1杯15銭で売り出されたのが始まりである。

この博覧会のプロデューサーであった、北浜銀行頭取の岩下清周氏が、当時有名だった『鳥菊』という料亭の主人・内本松次郎氏に、博覧会の名物となるような料理の考案を依頼したのがキッカケ。

「目新しく、万人向けの味つけで、うまい食べ物。安値で調理が簡単、混雑する場所でも食べやすいもの」という条件だった。

バター醬油の親子丼・魚河岸揚げのおつゆ・・・夕餉 レシピhttp://www.recipe-blog.jp

そこで、内本氏の考え出したのが、鶏肉とねぎ、白菜を煮て、卵で閉じたものを丼ごはんの上に乗せた「親子丼」だったのである。

博覧会という大イベントということで、最初はご大層な名前が考えられた。

「ハイカラ丼」「勧業ランチ」「文明オムドン」などが、候補に上がっていた。

だが、材料の鶏は親で、玉子は子どもなので、語呂が良くて、気が利いた言葉だとして、「親子丼」に落ち着いたという。

この「親子丼」は、たちまち会場の名物として話題となり、やがて全国各地の食堂などのメニューとなっていったのである。

これほど起源のハッキリしている料理もなかなかないだろう。「文明オムドン」だったら、現在のように定着していなかったかもしれない。

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1961年兵庫県生まれ。神戸学院大学法学部中退。1981年、広告デザイン会社にコピーライターとして勤務。93年、プランナー・コピーライターとして、フリーランスに。仕事を継続したまま、96年、木のおもちゃ制作を開始。ネット販売に着手。その後、「販売の現場」を知るために、5年間スーパーに勤務。これにより、「メーカー」「販売現場」「広告・販促」のすべてを経験。この経験を生かし、2003年より、中小企業・個人商店向けメールマガジン「繁盛戦略企画塾・『心のマーケティング』講座」を発行。関連する情報販売、コンサルティングを開始。メールマガジン他、ブログ9本「Marketing Eye」「ビジネス界隈・気づきの視線」「企画する脳細胞・ビジネスの視点」「まちづくり・村おこしの教科書」「行列のできる『MENU』の創り方」「中高年のための新規開業サポート」「独立・起業の成功法則」「販促の知恵袋」「スキルアップでビジネスぶっちぎり!」を執筆中。現在、繁盛戦略コンサルタントおよび中小企業経営研究会のビジネス・カウンセラーとして活動。著書に「0円からできる売れるお店の作り方(彩図社)」がある。

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