”ウルフ”の愛称で親しまれた
元横綱千代の富士こと九重親方

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2016年7月31日午後5時11分、膵臓癌のため東京大学医学部附属病院で死去。61歳という年齢は早過ぎた。多くの相撲ファンが悲しみに暮れることとなった。

九重親方が溺愛する次女秋元梢さんのおもい

モデルとして活躍されている次女の秋元梢さん。SNS上では、「父の娘に生まれて、幸せです。」と語っています。

小さな大横綱

歴代3位・通算31回の幕内最高優勝を果たしたほか、歴代2位の通算勝利数(1045勝)と同3位の幕内勝利数(807勝)、1988年5月場所7日目から同年11月場所14日目までの53連勝(取り直し制度導入後歴代3位)など、数々の栄光を手にした史上有数・昭和最後の大横綱である。

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”小さな大横綱”、”ウルフ”の愛称で親しまれ、速攻からの上手投げを得意とし、軽量力士ながら大きな力士相手に立ち向かう姿は多くの相撲ファンを魅了した。また強さだけでなく端正な顔立ち、ルックスが良過ぎることも相まって女性ファンも多く存在した。

国民栄誉賞

1989年9月場所には通算勝ち星の新記録を達成し、同年9月28日に大相撲で初となる「国民栄誉賞」の受賞が決定した。この日は先代九重(千代の山)の13回忌が行われた日でもあり、千代の富士は「苦労をかけた師匠に良い報告ができます」と言った。

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通算勝ち星の新記録達成、53連勝の大記録と圧倒的な強さで、昭和から平成初期に掛けて「千代の富士時代」を築いたのです。

子供と写真を撮るために

家族思いで知られている九重親方ですが、1989年に「イエローリボン賞」を受賞しています。この賞は、最も素敵なお父さんに贈られる賞なのです。そんな家族おもいの千代の富士と子供達の間には微笑ましい且つ悲しい出来事があったのです。

元横綱千代の富士の九重親方 「子供が生まれた時は、一家のあるじという自覚から頑張るぞという気持ちになった。そういう気持ちにさせてくれた。お礼の意味からも、優勝したら子供を抱いて、賜杯と一緒に写真を撮りたいと思っていた」。

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まだ幼い子供に対して感謝の気持ちを抱くとは素晴らしいお父さんですね。イエローリボン賞の受賞も納得です。歳を重ねた後に写真に収まった幼い自分をみて、感じることは色々とあるはずです。

84年九州場所で10回目の優勝を決めた時には、長女の優さんと写真を撮った。しかし・・・その裏には、涙ぐましい努力があったのです。2場所前には左肩の9回目の脱きゅうで全休に追い込まれてしまい、黒船襲来といわれた215kgの巨漢である”小錦”が旋風を巻き起こたこともあり、10勝5敗の成績に終わってしまいます。当時、29歳であったが、限界、引退説も出た矢先の優勝だったのです。

千代の富士の姉小笠原佐登子さん(42=福島町在住) 「子供と写真を撮るためにと、頑張ったみたいです。“長女だけ賜杯と一緒の写真があって、ほかの子のがなかったらかわいそうだ”と、言ったこともあります。子供には自然がいいんだと、毎年夏は福島町によこすんです」。

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他の子供達とも写真を撮るために奮闘する横綱!優勝を重ねていく横綱は長男剛さん、現在、モデルとしても活躍している梢さんと一緒に写真を撮った。

“今度優勝したら家族全員で撮ろうね”

時代も平成に変わった89年2月に三女愛ちゃんの誕生!33歳で迎えた春場所は、優勝したものの大乃国戦での取り組み中に左肩が11回目の脱きゅうとなってしまう。優勝したが、テーピングも痛々しく、表彰式に出るのもやっと、賜杯を受け取るのもやっとの状態だったようです。

証言 九重親方 「あの時はなぜか無性に愛と一緒に写真を撮りたくなった。東京の女房(久美子夫人)に電話したら、まだ1カ月と1週間、首も据わってないから無理と言われた。それでも来いと呼んだんだ。愛を抱き、賜杯を左に置いて、写真を撮った。長女の優が“今度優勝したら家族全員で撮ろうね”と言ったのが、今も耳に残る」。

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横綱としての責任と自身の身を削り、なんとか勝ち取った優勝だったようです。愛ちゃんと写真に収まり子供達を抱いて、写真を撮ることを達成した千代の富士!有言実行!かっこよすぎるお父さんですね。

長女優さんからの「今度の優勝時には”家族全員で撮ろうね”」との言葉に、再び奮起するはずだったが・・・

愛ちゃん死去・・・
”撮ろうね”は夢に散った

三女優ちゃんは、SIDS(乳幼児突然死症候群)で生後僅か4か月足らずでこの世を去ってしまいます。突然の不幸に見舞われてしまった家族や自身も精神的なダメージが大きく、周囲の関係者は「もう相撲は取れないのではないか」とみていたようです。

”撮ろうね”は夢に散ってしまった・・

体重減少で力入らず

愛ちゃんは乳幼児突然死症候群で短い生を終えた。葬儀から2週間で名古屋場所だった。体重が4キロ減り、北勝海とのけいこでも簡単に腰から落ちた。

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突然の不幸から当時の師匠である九重親方も相撲を取れる状態ではないのではと危惧していたようです。

から数珠をかけての場所入

体重の減少により、弟弟子北勝海との稽古でも簡単に腰から落ちてしまう。それでも横綱としての責務を全うするために休場することは許されません。そんな千代の富士が一念発起し実行したこととは・・・

”首から数珠”をかけての場所入り!「そうすれば、愛が見守ってくれる気がしたんだ」とコメントしています。そんな稽古中に腰から落ちていた千代の富士に奇跡が起きます!

奇跡は起きた。12勝3敗で北勝海と並び、史上初の同部屋横綱同士の優勝決定戦となった。上手投げで、28回目の優勝だった。  証言 元横綱北勝海の八角親方 「初めて本場所で対決して、まわし取られた時、けいこ場よりはるかに力が強いのに気付いた。腰を振ったが、まわしを切れなかった。これではたくさん優勝するはずだと、変に感心した瞬間に投げられた」。優勝決定戦の通算成績は6戦6勝だった。

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弟弟子であった北勝海の八角親方も改めて千代の富士の”驚異の強さ”に驚いています。みえない力、愛ちゃんの力が加勢したのか定かではありませんが、結果をしっかりと残すあたりはさすが大横綱ですね!

両横綱を従えて還暦土俵入り

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60歳にしてこの身体付きには驚くばかりです。他の力士からは、”土俵の鬼”と呼ばれ恐れられていたようです。

誕生日会に家族一緒に写真に収まる

今年も家族揃って九親重方の誕生日をお祝いしたようです。2か月前の画像からみるにやや痩せてみえるものの、もうこの世には親方が存在しないとは・・現役時代の強さを生でみていた私としては信じられません。

おわりに

お子さん達と一緒に撮った優勝賜杯の写真パネル4枚は、福島町の実家と九重部屋それぞれに、大切に飾られているとのことです。親方は亡くなられた愛ちゃんと再会し、何を語り合っているのでしょうか。

次女梢さんが「父の娘に生まれて幸せです。」と語ったことから感じるのは、梢さんが親方から受けた”やさしさ”や”愛情”は計り知れないものであり、家族の絆が強固であると感じました。家族全員揃っての誕生日会なんて素敵ですね。病に伏してしまったわけですが、相撲ファンの心を揺さぶり、家族を愛した素敵なお父さんであった横綱千代の富士、九重親方、秋元貢を忘れません。

遠い星の世界から奥様、お子さんたちを愛さんと一緒に見守っていることでしょう。九重親方のご冥福をお祈りします。

皆さんはどう感じたでしょうか?私は父母をたまには食事に誘ってみようと思います。

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