好きな人に嫌われたくないという思いから、納得していないことでも無理矢理納得したように振る舞ってしまうということは、誰にでも起こりうることなのでは無いでしょうか。
そんな彼女のお話です。

「結婚おめでとう」

とある日の午後、取引先のイケメンセールスのCさんが、すこぶる機嫌良く売り場に現れました。

…これは、何か良いことがあって聞いて欲しい顔つきですね…と思った私。

そう、顔が完全ににやけたCさんの嬉しそうな顔には〝聞いて下さい!早く聞いて下さい〟の文字が書かれているように思えたので、
「どうしたんですか~?なんかいいことあったんですか」と聞くと…。

素早く返ってきた答えは、「結婚が決まったんです!おまけに子どもも、もうすぐ生まれるんです」でした。

…子どもももうすぐということは、できちゃった結婚ですか。でも、どっちもお目出度いことですよね…と思ったから、
「二重のおめでとうですね」と言って、もう一人の子とCさんの結婚にお祝いの言葉を伝えていました。


当時、私が勤めていた百貨店の売り場は、私を含めて女性3人で担当していました。
今日はそのうちの一人Nちゃんがお休みでいませんでしたから、もう一人の子と私でCさんのお嫁さんはどんな人なのかとか、生まれてくる子はどっちだろうかとか、本当にたわいのない話しをして盛り上がっていたのでした。

まさか、翌日、そんなこんなの話しがでてくるなんて思いもせずに…。



「それだけでいいんですか?」

翌日、出勤してきたNちゃんにCさんの結婚話しと赤ちゃんが出来たことを話すと…、
「そうなんですか…」と、ひと言で終わりました。

…うぅん?なんか変ですね、いつも売り場で冗談言って、Cさんとは仲よく話しているのに…と、
Nちゃんの周りに漂う、なんだか言葉ではどう表現していのか分からない違和感のある空気を私はそのとき感じていました。


そして、午後の休憩から私が返ってくると…、
(この日は比較的ひまな日で、私達の売り場近くにお客さんの影は見えませんでした。)

売り場後方にあるバックヤードーのドアを開けながら、Nちゃんが真剣な顔をして「ちょっとお話いいですか?」と私に言いました。

「はい、なんでしょうか?」とこたえた私に話してくれたNちゃんの話しに、私は耳を疑い、…まじですか?Cよ、よくもぬけぬけと昨日は言えたな…と、昨日「おめでとう」とCに祝った言葉を、気持ちを、そっくりそのまま返して欲しいと思ったのですが、私の気持ちはさておき。

真剣な目で私の顔を見るNちゃんに対して
「でも、それでいいの?それだけでいいの?」と私がNちゃんに念を押してたずねると、「はい、それだけでいいです。だから、お願いします」と言われたので…。


「わかった。じゃぁ、次のNちゃんの公休日にCがこの売り場に来たら、そういえばいいんやね」と私は言いながら…。

…これは感情的になってはいけない、Nちゃんが聞きたいのは真実なんやから、当事者で無い私が感情をあらわにしてはいけない。落ち着いて話せるように頭の中で整理しないと…と思いつつ、

3日後のNちゃんの公休日を待ったのでした。



「狡い男の言い訳」

3日後のNちゃんの公休日、Cはやってきました。
…Nちゃんのいうとおりや、Nちゃんが休みの日に売り場にきている…

Nちゃんにいわれるまで気がつかなかったのですが、Cは余程売り場からの緊急の呼び出しや棚卸しでもない限り、Nちゃんが休みの日に売り場に来て、その帰りにNちゃんと待ち合わせをしてのデートを繰り返していたのです。
それも、2年の間…。


そしてCは、
「私、Cさんのことが好きです。交際してもらえませんか?」と聞いたNちゃんに、
「Nちゃんの事は好きだよ、でも僕には家庭の事情があるから誰とも結婚する気は無いんだ。ていうか出来なんだ。それでもいいなら…」と言ったのだそうです。

家庭の事情、それは親の借金を返さないといけないからということらしいのですが、そんなものは惚れた弱みにつけ込んだ「嘘」だろうが…と、
この日、嬉しそうな顔でやってきたCの顔を見て、私は、のど元まで出かかった言葉を飲み込んだのでした。

そしてCが私に対して言葉を出すよりも先に、「この後、Nちゃんと待ち合わせしてのデートだよね」と、
…感情を殺して、冷静に言うんだ!私…と自分に言い聞かせながら短い言葉をCに向けて発していました。

すると私の言葉に目を大きく開き、口を半開きにして、一瞬動きが止まったCに対して…、もう一度私は言葉を発しました。

「きちんと話しを聞きたいらしいよNちゃんは、事実を、本当のことをCさんの口から直接聞きたいって、だから嘘はつかずにちゃんと話してあげて下さい。そして、きちんと別れてあげて下さい。それだけです」

後は、もう何も言いませんでした。
私は口を一文字に結んで、前を向いて、お客様がいつ来てもいいように待機の姿勢でいました。

すると、Cは「でも、〇〇さん。僕は本当にNちゃんにことは好きだったんです」と言いました。

…はっ?なら、なんで違う女の人が妊娠するの?結婚する相手がNちゃんじゃないの?結局は、Nちゃんが惚れた弱みで何も言わなければ、売り場の誰にもばれなければ、このまま不倫に突入するつもりやったんですかぁ?あなたは…と言いたいとこですが、言いませんでした。

それにNちゃんが私に望んだのは、
「Cに本当のことを私に言うように話してもらえませんか。きちんと私と話をして、別れるなら自分の口から言いたいんです」でしたから、ここで私がCの言葉に感情的になってCと喧嘩をしてしまっては、

…興奮したCが、Nちゃんを怒鳴りつけるかもしれない。いやいや、最悪、待ち合わせ場所に行かないかもしれない。それは困る…

せっかく勇気を奮い立たせて、狡い男Cと真正面から対決しようとしているNちゃんの気持ちを台無しにしてしまう。

だから、そこはグッと我慢して、
「なら、余計に、Nちゃんが納得するように本当のことを話してあげて下さい」と言うのが、そのときの私に出来るCに対する精一杯の反論でした。




「新しい出発」

翌日、Nちゃんは清々しい顔で売り場に現れました。

そして、
「ありがとうございました。お陰で昨日は向こうも感情的では無くて、きちんと目を見て冷静に話し合うことが出来ました。〇〇さんも知っていることが分かったからかな、最後は〝ごめん〟って謝ってくれました」とNちゃんはいいました。

「そう…」と言いながら私は、…ほんまにそれだけでよかったん?…と余計なひと言がまたも口から出かかりましたが、これ以上Nちゃんの気持ちを傷つけたくは無いので、もう、その話しはそのとき限りのこととして触れずにいました。


そしてその後のCは、何かと理由をつけては電話で用件を済ませ、主任や次席からの呼び出しがあっても売り場に姿を見せなくなっていました。
どうしてもの時は、違うセールスマンが来るしまつ…。


…それなら、いっそ担当を代えて貰えば良いのに?…と不可解なCの行動に理解出来ないまま一ヶ月ほどして、


Nちゃんは、
「今までは無理だろうなって諦めていたんですが、私、思い切って仕事を辞めて、やりたいたことに挑戦してみます」と晴れやかに言って売り場を去って行きました。

「あの顔に騙された」

そして、さらに一ヶ月後…、
「〇〇さん、何とか主任に言ってもらえませんか」と、あれから一度も姿を見せなかったCがいきなり現れて私に泣きついてきました。


理由はこうです。
前日の商品会議で、今後、Cの会社からは一切の商品を納品しないということが決まったのです。

だから、
…ムシよすぎ、自分の困ったときだけ現れて…と思いながら「そんなこと言われても、私にそんな権限はありません。言えません」と私はCに言いました。



そして、どうやらその姿というかCと私の会話が聞こえていたのか、Cが帰ると「〇〇、ちょっとこっち」と次席が手招きします。

…なんですか?…と思いながら近づくと、

非常階段に連れて行かれて、
「Cの会社からは今後一切の商品を仕入れることは無い。〇〇もそのつもりでいてくれ、Cがなにか言ってきても〝知りません、分かりません〟で押し通せ、もしそれでもCがゴチャゴチャいうようなら俺に言ってこい」と次席が言います

「はい、分かりました」と私がこたえると、

「ところで、もしかしてやけど、Nは、あのCとつきあってたんか、Nが仕事を辞めたのはCが原因か?」と聞いてきます…が、Nちゃん本人でも無い私が「はい、そうです」とは言えません。

私が何も言わずに黙っていると…。


「まぁええ、とにかくCには近づくな、これは内緒やけどな…」と前置きして次席が話してくれた内容に、

…あの男、どこまで狡いん…と同時に思ったのは、
(Nちゃんが好きになった人ですから、あまりそんな風には思いたくなかったのですが)

あの顔に騙された…でした。


Cは、Nちゃん以外にも、よその百貨店の女の子とつきあい妊娠させていたのです。それに、どうやらその子以外にも他の百貨店の女性何人かとつきあっていたのだそうです。

そのことが主任の耳に入り、「うちは大事な娘さんを親御さんから預かっている。あいつは出入り禁止、商品もいらん」ということになったのだそうです。
…当時の売り場主任は、良い意味で古風な考え方の人だったのです。…


「クビ」

その日を境にCの会社の商品は、すべて返品され売り場から消えました。
Cが二度と売り場に来ることはありません。

…こんなことになると分かっていたら、Cが出入り禁止になると分かっていたら、Nちゃんは辞めんでもよかったんかもしれんけど、自分の他にもCとつきあっている人がいて、おまけに妊娠したと聞くのは辛いか、やっぱり辞めて正解か…などと、どうしょうもないことが頭の中をグルグルと行ったり来たりしている時でした。

「〇〇さん、Cのやつ会社クビになったらしいですよ」と、他の取引先のセールスさんが教えてくれました。

そしてCは、このセールスさんの会社で、自分を雇ってもらえないかと泣きついたのだそうです。

「人間顔と違いますわ、いくら顔が男前でもね…」と、このセールスさんは私にいってから、ちょっと情けなさそうな顔をして、「おまえ、自分がしたことを、よう考えてから人にもの頼めよ、といって丁寧に断りましたわ」と言いました。

…そして、このセールスさんが言うには「あいつを雇う会社は、おそらくこの業界ではどこもないでしょう」とも教えてくれました。…


その話しを聞きながら、
…なんでやろなぁ、なんでNちゃんはええ子やのに、Cを好きになってしもたんやろうか…と私が思ってみたところで仕方のないことです。

自分だって、もしNちゃんの立場なら〝好き〟という感情に負けてしまい、自分の素直な気持ちに(騙されているのかも…と思いつつ)蓋をして我慢していたかもしれないのですから。




人の心は複雑です。

普段理知的な人でも、好きな人に嫌われたくないという思いが、理不尽なことにでも目をつぶり、我慢してしまうときがあるのだとも思います

反対に好かれているからと、少しくらいの我が儘は許されるだろうと必要以上に甘えてしまうこともあるのだとも思います。


でも、このCのように人の心を都合良く弄ぶように使えば、いずれ…、結果的には自分も都合良く切られるということになのではないでしょうか。


それに比べて、感情に流されずに踏ん張ったNちゃんは偉かったと思います。
私の前では泣きませんでしたが、きっとひとりになった時には色んな思いから涙を流していたのでは無いかと思います。


だから、今でも時々Nちゃんを思い出すと…やりたいことが成功して、幸せでいて欲しい…と願うのでした。




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知らないことが知りたくて、メンタル、カルマ、礼法に漢方スクール…etc.とお勉強。で、ですね、人を動かしているのは無意識、でも、この無意識を味方につけるとスゴいんだ~と気づいたら…、なぜか、「えっ?!そうくるかぁ~」と、色んな場面に遭遇しれしまう…という面白いことが起こりだすのでした。

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