世の中で起こっている児童虐待。日本でも1週間に1人の子供が命を落としていると言われています。虐待による死亡事例は年間50件を超え、虐待による相談件数は過去20年で80倍にも増えているほど。報告された件数がそれだけ増加しているということは、報告されていない件数も増えているということ。

ネグレクトや性的虐待、心理的・身体的虐待を含めなかなか減ることのない虐待は、日本だけでなく筆者の住むイギリスでも毎日のように報道されており、小さな子供がどこかで今日も傷ついていると思うと胸が痛みます。

そして時には、虐待していた人物による嘘で母親がその罪に問われるという悲劇も。子煩悩だと思っていたパートナーが娘を虐待。そしてその罪が自分に被せられ10か月の留置場暮らしを強いられた一人の女性が、今その胸の内を語りました。

10か月間、子供の大きな成長過程を見逃した…

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イギリス、スカンソープ在住のカースティー・リスターさん(30歳)は、2014年にモリー・グレースちゃんが生まれた時は幸せの絶頂にいました。カースティ―さんには前のパートナーとの間にも4歳になる娘がいましたが、モリー・グレースちゃんは当時の恋人であったマイケル・モンタンドンとの間に生まれました。

モンタンドンは、カースティーさんの前のパートナーの子供も、そして自分の子供も可愛がる「子煩悩」な父でした。「溺愛している」という表現がぴったりの父親ぶりを見せていたモンタンドン。おむつを替えたりあやしたりと、昼夜かまわず子供の世話をするモンタンドンは、カースティーさんが驚くほど協力的でまさに理想の父親だったと言います。

二人には結婚の話も出ていました。カースティーさんの家族も「彼だったら」ととても喜んでいたそう。ところが2014年の12月のある夜のこと、いつになく愚図りが酷かったモリー・グレースちゃん。モンタンドンはカースティーさんが疲れているだろうからと睡眠を取るように言い、自分が見ているからとオファーしました。安心して二階に上がり仮眠を取っていたのですが、階下からの彼の声で目覚めたカースティーさん。

慌てて階下に行くとモンタンドンがぐったりして意識のないモリー・グレースちゃんを抱えていたのです。「モリーが息をしていないんだ!」彼はそう叫びました。それを聞いた瞬間、カースティーさんの意識も不鮮明に。我が子の突然の事態に体も心もついていけなくなるのは当然のことでしょう。

救急車を呼んだ間、モンタンドンは娘に人工呼吸を試みていたそう。救急車が近付くも、自宅を通り過ぎ別の場所で止まろうとしたために走って追いかけなければいけませんでした。

「病院までの道のりは私の人生の中で一番長い時間に思えました。」娘を「ぐったりしてまるで縫いぐるみのように感じた」というカースティーさんは、このまま娘が死んでしまうのではないかと覚悟したと言います。

「医者に、助からないかも知れない。助かっても、失明するか半身不随になる可能性があると言われてその場に泣き崩れました。」脳出血が激しく、一時は呼吸も止まったそう。母のカースティーさんは、何故こんなことが起こってしまったのか理解できませんでした。ところが、医師に「この状態は、子供が酷く揺さぶられたり高いところから落とされたりした時に起こる症状」だと告げられ衝撃を受けました。

と同時に、カースティーさんは一緒に病院に来ていたモンタンドンの様子がおかしいことに気付きました。「普通なら自分の娘がこのような状態になれば、私と同じぐらい取り乱してもおかしくないはず。なのに彼は私にピザ代があるかって聞いてきたんです。食事をすることなんて私の頭の中にはなかったわ。なのに待合室でテレビを見て笑ったり、ジョークを言ったりしている彼の態度に疑問を持ったんです。」

カースティーさんはモンタンドンに問い詰めました。すると「激しく揺さぶったり、落としたかも知れないけど覚えていない」と答えたそう。そして「呼吸が止まった時には揺さぶった」とも。その発言を耳にした時に、まるで心臓をナイフで抉られたような気持になったとカースティーさんは言います。「私たちの娘が、実の父親のしたことによって生死を彷徨っているなんて…。」

警察に通報したことでモンタンドンは逮捕。ところがその3日後、病室へ来た警察に今度はカースティーさんが逮捕されたのです。「信じられませんでした。彼は私がやったと嘘をついたんです。」生きるか死ぬかの瀬戸際の娘から離れるわけにはいかない。そうカースティーさんは主張し、警察に自分はやっていないと否定したものの、無理やり逮捕されてしまうという悲劇に。

留置場に入れられたカースティーさんは、背中を丸めて我が娘を思いながら泣くことしかできませんでした。更に追い打ちをかけるように警察側はカースティーさんから二人の子供の親権を剥奪したと伝えたのです。やってもいない虐待の罪で親権まで奪われたとなっては、目の前が真っ暗になるのも当然でしょう。

もし実刑判決が出て服役することになれば、この先子供達とは二度と会えないということまで強制的に承諾させられたのです。そしてその後10か月間、カースティーさんは子供達二人に直接連絡をすることも当然世話をすることも禁止されたのです。

「父が仕事を辞めて子供たちを見てくれたから助かったんです。そうじゃないと福祉にどこかへ連れていかれていたかも知れない。」10か月間という留置場暮らしを強いられたカースティーさんは、ただひたすら正義が自分に味方してくれることを祈っていたと言います。

これまで知らなかったモンタンドンの過去の暴行歴。自分が愛していた人が暴力的な人物だと初めて知ったのは、実際に娘に危害を加えられた後だったのです。そのショックも相当カースティーさんを打ちのめしました。

そして2015年の10月、ようやくカースティーさんは釈放となりました。その代わりモンタンドンには懲役2年の判決が。「私が無実の罪で10か月も留置場に入っていたのに、どうして彼がたった2年の服役でいいのか、私には納得できません」と言うカースティーさん。でも、これでようやく子供の下へ戻れる…そう思うと涙が溢れました。

久しぶりに子供たち2人を公園に連れて出た時に、最高の幸せを感じたというカースティーさん。後にモンタンドンは「泣き止まない娘にイライラしてやった」と罪を認めたそうですが、「彼のやったことは一生許すことはできません」とかつて一度は愛したはずの男でも今は何の感情もないとカースティーさんは語ります。

モリー・グレースちゃんは、不幸にもこの事件で後遺症が残ってしまいました。最初、医師が懸念していたように半身不随や失明にはならなかったのですが、行動面で問題が出るようになるだろうということ、そして学力の発達も遅れるだろうということが検査の結果わかったそうです。

それでもこの10か月間、母が見逃した子供の成長は大きかったのです。留置場に入っている間に、モリー・グレースちゃんは退院し、4歳の姉と一緒に祖父母のもとで暮らしていました。我が子が笑いかけたり、立ち上がったり、歩き始めたりする大切な成長過程を自分の目で見ることができなかった悲しさというのは計り知れません。

我が子が生死の境を彷徨った時にも傍にいてやれなかった苦悩を思うと、どれほど辛かったことか。今、カースティーさんにとっては、ただただ二人の子供と一緒に暮らせることが幸せなこと。「もう男性は二度と信用できない」と話すカースティーさん。こんなことが起こるとそう思ってしまう気持ちも痛いほどわかります。

専門家は「幼い子供にとって10か月間親と離れていると、その存在を忘れてしまうこともあります。これからは、一からカースティーさんが子供達との絆を取り戻していく必要があるでしょう。できるだけ子供に微笑みかけ、たくさん抱っこしてあげることがベスト」とコメント。

無実の罪で子供と引き離されたことにより、今後の子供の成長にも影響を与えかねないとなっては母としてもやりきれないでしょう。なんとかして親子の絆を取り戻してほしい。そして苛酷な経験をしたカースティーさんには幸せになってほしい、そう願わずにはいられません。

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公式プラチナライター。イギリス在住22年目。いつも読んで下さる皆さんに感謝。Twitterアカウントは@mayonesque18です。よろしくお願いします。

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