自分の今いる場所
今、ある状況。

それに不満がありますか?

私は自分がいる場所、ある場所に不満ばかり。

そんな私に飲み友達である近所のおじさんがプレゼントしてくれたのが
この「置かれた場所で咲きなさい」という本。

出典楸獅 雪那

不満ばかりを言っていて楽しいわけがない。
実際、不満ばかりを口にしていた私は毎日をつまらなく感じていた。

自分の状況に不満を言っていても
恨んでいても

なにも変わらない。
気持ちも暗くなってしまいますし、やる気も起きない。
モチベーションは下がる一方。

それは私が体験してきたこと。
事実、精神的な病気にもなってしまい
家に引きこもっていた時期が長くあった。

ひきこもりの状態からは脱したものの
社会復帰しても口にするのは不満ばかり。

そんな私を見かねてこの本を送ってくれたのだ。

心の持ちようで世界は変わる

ネガティブな考えを持っていると
目に映るなにもかもがつまらなく感じてしまう。

美しいものですら美しいと感じなくなってしまう。


“あきらめる”という言葉の語源をご存知でしょうか?

一般には“諦める”と書くが
本来は“明らめる”と書く。


諦めるは悩んでいることを忘れて放棄すること。

明らめるとは
悩んでいることを明らかにすること。

明らかにして解決する方法を探していくこと。

なにがいけなかったのか
どうすれば解決するのか

それを明らかにするのです。

それが“明らめる”ということです。


そもそも考えることを放棄して諦めても
頭のどこかにはそれが残って
思い出してまた悩んでしまいます。

それなら明らめて
解決に向けて方法を探していくほうが有益です。

千手観音の手はなぜ千本あるのか

千手観音の手は
悩んだときには、観音様が千の手を差し出してくれる
という意味ではありません。

そもそも仏教の教えは“祈れば助けてくれる”というものではない。

千手観音の千の手が意味することは

“ひとつの問題を解決するには、心のなかに千の方法が眠っている”なのだ。

なにか問題にぶつかったとき
それを解決する方法はいくつもある。

ひとつのことに捕らわれて
いつまでたっても解決しない。

千手観音は「あなたの中には千の方法が眠っている」と教えてくれている。

私のなかにはいくつもの思考が眠っている。

状況が変えられないのであれば

気持ちを変えればいい。
見方を変えればいい。
自分の今の状況を楽しめばいい。

悩んでなにもしないのであれば意味がない。


環境を変えるというものも一つの手なのかもしれない。
あの人が嫌だから
給料が安い
仕事がきつい。

逃げることも方法のひとつだ。

それでも逃げることができないこともある。

それならばその状況を、その環境を
楽しんでしまえばいい。

なにごとも楽しんだもの勝ち。
笑う門には福来る。

笑顔には笑顔が集まる。
悲しい顔をしている人には
最初は世話を焼いてくれるかもしれない。

だけど最初だけなのだ。
いつまでも悲しい顔のままだと見捨てたくなる。

笑顔に勝るものはない。


逃れられないのであれば
楽しむ方法を明らかにすればいい。

置かれた状況を楽しめばいい。

楽しくしようと笑顔でいることで
嫌だった状況ですら愛しく感じる。

無敵なことは笑顔でいること。
力を持っていることが強さではない。

神は乗り越えられる試練しか与えない。
その必須条件は笑顔を絶やさないことなのだと私は思う。

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