「問屋不要論」が叫ばれるようになって久しいが、いまだ、その存在は大きい。日本の古い商習慣から抜け出す勇気が無いのだろうか。

確かに、問屋から仕入れて販売する方が、時間と手間が掛からず、“楽”なのかもしれない。だが、そんな店が次々と潰れているのも現実としてある。

物欲の無くなった日本人が、どこにでもあるものを欲しがるはずはない。ならば、大量生産された問屋経由の商品を扱っても、売れる見込みは無い。

大手スーパーなどは、産地から直接買いつけたり、自社農場を持つようになってきている。より良いものをより安く売るためには、問屋を通していては、時間とコストの無駄になる。

大手だからこそできることだ、と思うかもしれないが、小さな会社・個人商店でも充分に可能である。売る側にも規模の大小があるように、作る側にも大小がある。

大手スーパーが扱う量を生産するには、それなりに体制が整っていなければできない。大手の要望に応えられるのは、やはり大手なのである。つまり、小さな会社・個人商店が取り引きするには、相手も小さな生産者でなければならない。

その相手、小さな生産者も、実は問屋の存在に悩んでいる。言われたものを出すだけで、後は問屋にお任せ。それは楽かもしれないが、やはり利益が薄くなる。

理想としては、消費者に直接売りたいところだが、そのノウハウは持ち合わせていない。せめて売り場に直接出したい、とは考えている。

産直市場が盛況なのは、「問屋不要論」の現れである。生産者も消費者も、そう思っている。では、なぜ進まないのか。

インターネットや輸送網が整備されて、全国どこの商品でも容易に買いつけることができる。生産者もそれを望んでいる。なのに……。

すると、望んでいない人間がどこかにいるということだ。問屋が自身を消し去ることを望んでいないのは当然。生き残るために、値引きやサービスの充実を図っている。

問題は、それに釣られて、現状の“楽”を選択している人がいることだ。この人物こそが、望んでいないのだと言える。

儲かっているのならそれでも良いが、「苦しい」「厳しい」と、文句ばかり言いながら、新しいことを始めようとしない。何もせずに、諦めてしまう。

こんな店が潰れるのは、自然淘汰と言うしかない。努力する者のみが救われる。

いつまでも問屋に頼った「他力本願」はやめるべき。自ら商品を探し、直接仕入れる「自力本願」を目指さなければいけない。

この記事を書いたユーザー

佐藤きよあき このユーザーの他の記事を見る

1961年兵庫県生まれ。神戸学院大学法学部中退。1981年、広告デザイン会社にコピーライターとして勤務。93年、プランナー・コピーライターとして、フリーランスに。仕事を継続したまま、96年、木のおもちゃ制作を開始。ネット販売に着手。その後、「販売の現場」を知るために、5年間スーパーに勤務。これにより、「メーカー」「販売現場」「広告・販促」のすべてを経験。この経験を生かし、2003年より、中小企業・個人商店向けメールマガジン「繁盛戦略企画塾・『心のマーケティング』講座」を発行。関連する情報販売、コンサルティングを開始。メールマガジン他、ブログ9本「Marketing Eye」「ビジネス界隈・気づきの視線」「企画する脳細胞・ビジネスの視点」「まちづくり・村おこしの教科書」「行列のできる『MENU』の創り方」「中高年のための新規開業サポート」「独立・起業の成功法則」「販促の知恵袋」「スキルアップでビジネスぶっちぎり!」を執筆中。現在、繁盛戦略コンサルタントおよび中小企業経営研究会のビジネス・カウンセラーとして活動。著書に「0円からできる売れるお店の作り方(彩図社)」がある。

得意ジャンル
  • 社会問題
  • ライフハック
  • グルメ
  • 広告
  • 料理
  • 暮らし
  • コラム

権利侵害申告はこちら