「人間の本性と未来を考察する」

そう言葉にするととても難しいことに聞こえるだろう。
しかし難しく考える必要はない。
これはとても単純なことなのだ。

難しい言葉を使っているから
難しく考えてしまうから

難しいと思ってしまうから
だから人間は考えることを放棄してしまう。
そして、楽な道に進んでしまうのだ。

楽な道ではあるが
それはいずれ、“人間”として困難な結果を生むことになる。

アレキシス・カレルという人物がいる。
ノーベル生理学・医学賞を受賞した経歴を持つフランスの外科医であり解剖学者である。

私自身、アレキシス・カレルという人物のことを知っていたわけではない。
友人に勧められて、彼の著書である「人間 この未知なるもの」という本を手に取ったのだ。

友人には「この本は、あなたが求めている本」と言われるままに購入して読み始めた。

この本は1度読んだだけで理解できる本ではない。
そう友人に言われた。
実際に私も理解するまで3度読んだ。

この「人間 この未知なるもの」のテーマが
「人間の本性と未来を考察」なのである。

“人間とはなにか”が一番わかっていないのは私たち“人間”である

医学も科学も発展しており
人間という生物の解明は進んでいる。

しかし「人間とはなにか」と聞かれるとどう答えていいのかわからない。

思いつく言葉は「人間とは考えることのできる生き物だ」しかない。

考えることができるからこそ
疑問を追及していく
そしてそれが尽きることはない。

それが「人間とはなにか」というテーマが永遠であるということなのだ。

私たちが人間である以上
自分自身である人間というものを
一番理解しているようで、まったく理解していないのだ。

同じ人間は1人としていない

同じ人間であっても
まったく同じ人間などあり得ない。

同じようなところがあったとしても
似ているところがあったとしても

全てが違うのだ。

だからこそ争いが起きる。
個人的な言い争いだったり
組織としての争いだったり

そしてそれが原因で戦争が起き
多くの命が奪われる。


“私とあなたは違う”

それが当たり前なのだ。

しかし、人と関わりをもって生きていく中で
違うことを理解し、協調性を持たなくてはいけない。

1人では生きていくことなどできるはずがないのだから。

デコボコが合わさって綺麗な丸になる。

人とは違って当たり前なのである。

私にできることがある。
そして、できないこともある。

私ができないことは
あの人ができる。

あの人ができないことは
私ができる。

あの人にはあの人のよさがある。
私には私のよさがある。


愛するものは人それぞれ違うのである。

私が愛しているものを
他の誰かはまったく理解できないのかもしれない。

私が悩んでいるものを
私が怯えているものを

他の誰かはまったく理解できないのかもしれない。

それが“個性”というものである。

周りと自分が違うと感じて落ち込んでしまうこともあるだろう。
しかし落ち込む必要などはない。

人はみんな違って当たり前なのだ。

まったく同じ思考、考え方を持っている人しかいない。
そんな世界だったとしたら
人間がここまで発展することはなかっただろう。

そして面白くも何もない世界になっていただろう。


私たちは自分の価値に気付かなくてはいけない。
そしてその価値に自信を持たなくてはいけない。

現代はその“自分の価値”に対して自信を持つことが難しい世の中になってしまった。

“違う”という個性が素晴らしいにも関わらず
“同じ”であることを好む。
同じであることが“いいこと”だと教育する。

面白味のないことだ。

“個性”という価値がどんなに素晴らしいものなのか。


個性を伸ばせる教育ができれば
世の中はもっとおもしろくなるだろう。

この記事を書いたユーザー

山崎 ゆきこ このユーザーの他の記事を見る

主婦をしながら穏やかに暮らしています。

得意ジャンル
  • 音楽
  • マネー
  • 社会問題
  • 国内旅行
  • 料理
  • 暮らし
  • コラム
  • キャリア
  • 感動
  • ニュース

権利侵害申告はこちら