最初の1分間で引き込まれてしまう!          こんな政治演説初めて!

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なぜアーティストが政(まつりごと)に目覚めると、政治が面白くなるのか?

このことを脳科学(キネシオロジー)的に考えてみた!

右脳の機能は、全てを一つにつなげる「気づきのエネルギー」を司っています。
右脳の言語は音楽・イメージ・芸術などです。

それに対して、左脳の機能は、本来一つのものを二つに分け、分析、判断し、形にしていく「実現のエネルギー」を司っています。
その言語は言葉・数字です。

出典BRAIN UPDATE

戦後の学校教育は、左脳偏重で、受験戦争に生き残る為に
「いい/悪い」「上/下」「勝ち/負け」にこだわったサバイバル・モードに仕向けるものです。

学校教育は学習障害を作る場所

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学校教育の目的:権威者の命令に反射的に従う人間を作ること

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わずか1%の人がルール・規範を作り、「問題なしゾーン」を作ります。
そして、この囲いから出て個性を表現しはじめると(こういう人は大抵アーティストでもありますね)、よってたかって批判するわけです。

面白いことに、「言論と思想の問題なしゾーン」の端に来ると、「世界銀行の総裁に何と言われるか」とは思わないのです。
「母はどう思うか? 飲み仲間や会社の人たちには何と言われるか?」と考えるのです。
こうして集団監視システムが出来上がるのです。

これが「離間工作」というものです!

「離間」「仲違いをさせること」を意味し、「離間工作」とはそのような工作全般を指す。他国による 情報操作や人種差別政策も工作の一部と言える。
一体誰が、なんのために、どのような「離間工作」を施したのか。今も世界で作動している「離間工作」とはいったいどのようなものであるか。
元自衛隊陸将補の著者が、歴史上仕掛けられた罠の意図を鮮やかに見抜き、日本復活、再生の道を緊急提言する! !

この支配の手口に対して戦うのは、思うツボ!

「◯◯反対!」と叫び、支配者と同じ土俵で戦うことは、その陰に隠れている真の支配者の「思うツボ」だといえます。
一人一人が目覚め、相反する意見を戦わせるのではなく、互いの違いを認め合った上で、第三の視点で、より良いものを創造するのです!
その為には、反目し合うのではなく、互いの本音を出し合った上で、理解し合い、その上で何ができるかをクリエイティブに考えることが必要です。

私たち一人一人が本当の力を発揮することは、
わずか1%の人が作ったルール・規範の中で、「勝ち組」になろうとして頑張ることではありません。
また、それに挫折して落ち込む必要もありません。
更には、ただ闇雲に反発・反抗して戦うことでもありません。

もうそろそろ「言い訳人生」を終わりにしませんか?!

ダニエル・ホワイトサイドの言葉

出典Three in one Concept

私の人生に最も影響を与えた人物の一人 
スリーインワン・コンセプツ(キネシオロジー)の創始者のダニエル・ホワイトサイド
彼が人間や社会について深い洞察の元に書いた
「言い訳をやめる(小心者と過激派)」
というワークショップのテキストの中から抜粋・要約して紹介します。

「いやです!」と本当は言いたいのに、
「いやです!」ということに、にどうして後ろめたさを感じる人が多いのでしょう?


どうして、本当は同意していないにも関わらず「はい!」と言ってしまうのでしょう?

どんな言い訳をしても、その代価は支払わなければならないのに、どうして自分の選択に対して言い訳しなければならないと感じるのでしょう?

相手が同意しないことをしたことに対して、
「相手の非難を取り除きたい、自分を正当化した」という気持ちになっている時には、いつでも自分自身の責任を否定しているのことが関係しています。

「そんなことはしていません!」「そんなつもりじゃなかったんですよ!」
「最初からこんな結果になるとわかっていたら、こんなことはしなかったのですが…」
このような責任回避の言い訳は非生産的で時間の無駄です。

今起きていることから目を背けず直面し、
「その状況から学び、関係者全員にとっての最高最善の結果となるよう軌道修正する為に、自分のできること、貢献できることは何か?」
ということに焦点をあてることが最優先事項です。

「あなたがおっしゃりたいことは受け止めました。
あなたの気分を害されていることに対しては責任を認めます。
そのことに対しては心からお詫び申し上げます。
このことに対しては私自身も辛い思いをしています。
きちんとケジメをつけて、この状況を改善する為に
出来ることはなんでもおっしゃってください。」

もし、こんな対応をしたとしたら、雰囲気は爽やかになり、
あなたの責任感のある態度があなた自身の権威にもなるのです。

言い訳したり、ご機嫌をとったり、貢物で誘惑したり、服従したり…
ボスになったり、家来になったり、 そんなことは一切なしに
私たちは対等・同格の関係となるのです。

対等・同格の関係では、言い訳は必要ありません。
こうなれば、いつもの仕事と同じです。
「さあ、はじめましょう!」
となるのです。

自分自身を疑うと、外の権威に明け渡すことになります!

内側で自分を疑うと、外側の権威者の同意に頼ることになります。
そして、このように外側の権威に頼れば頼るほど、依存的になり、思い切って自分で選択し、出来ることが少なくなっていきます。

その権威者を喜ばせる必要があり、こちらが従順であることで、受け入れてもらおうと躍起になるからです。

これは、二つの形となって現れます。

それは「小心者」と「過激派」です。

「小心者(喜んでなる犠牲者)の在り方

「小心者」は、自分の為にならなくても協調します。
この人たちは、黙って恨み苦しみます。そして、皆んなの前では、自分のことを二の次にして、「皆んなの為の最善」を前面に押し出すのです。
そして、周りの人が認めてくれるのを期待して うろうろするのです。

自分が与えたと感じているのと同じだけの見返りが欲しいのです。
この過程で彼らはルールやシステムに対して服従したがり、その結果自己卑下するしかないのです。

そして、目に余るほど粗末に扱われても耐えるのです。
心の底では、人に期待されているものではなく、自分の望むことをして、望みのものを持つことができないことに対して、深く深く罪の意識を抱いているのです。

しかしながら、この人達の敵意は 軽くオブラートに包まれた皮肉に表れます。
あるいは、「お前達より俺の方が偉いんだ」という態度や、注意深くチェックされた仕返し、それに「自分がコントロールできる僅かな人々に、その人達が最も望んでいるものを与えない」という形で表れます。

小心者の敵意は、家族に向けられるのです。これは内化されたポジションです。
外面を保つことが大切だからです。

自分の有りのまま(それがどんなものであっても)で見て欲しいと狂おしく願いながらも、受け入れてもらう為に、ルールや規範に従って振舞うのです。

過激な人達の(破壊的な)在り方

過激な在り方は敵意を外面化します。
過激な人達は、次のような言い訳を使って抑圧を直接的に攻撃します。

「あいつらは、俺達のことなんか屁とも思っちゃいないんだ!
あいつらは、俺達を搾取している! その上こちらは何を手に入れたっていうんだ!
利用され、虐待され、混乱するばかりだ!
クソッタレどもをやっつけろ! 体制を叩き潰せ!
新しく始めるんだ! 今度こそ正しくやるんだ!」

自分の気に入らないことに対して戦うことは、
本当に欲しいものに向けて進むことに関しては半分の力しか持っていません。

過激な人達は、「それこそ、俺たちがやっていることだ!」と言うことでしょう。
しかし、彼らは自分達を邪魔するものを破壊することに気持ちを向け過ぎて
生きるに値する生活の手本を打ち立てる暇がないのです。

満足と幸せをもたらす満ち足りた個人生活、過激な人達をポジティブな目的に人々を惹きつけるかもしれない生活、こういったことを示すことができないのです。


外の世界で間違っていることに焦点を合わせることは、ここ内側では、間違っていることを決して直そうとしないことの最高の言い訳になるのです。
人のことを非難している限りは、自分自身に働きかける必要はないのです。

過激な人は敗退します!

というのも、抵抗しているものに人間はなるものだからです。
そしてどのようなものを既成のシステムに組み込ませようとしても、それは一時的なものに過ぎません。
というのも、システムの誘惑的な安全さは、結局この人達を飲み込んでしまい、
今妨害していると考えている小心者そのものにしてしまうからです。

過激な人達は、外側での同意に気持ちを向けるので、小心者が敬意を必要としているのと同じく、聴衆を必要としています。
そして同じくらいに仲間の是認と受容を必要としているのです。

グループに受け入れられると、
彼らは更に過激になります。

(*ネット上の炎上は、この最たるものですね。
本人同志で直接会うかメールでやりとりすれば簡単に済むようなことも
ネット上で公開討論をし合うと、お互いに聴衆を意識して、自分の側を正当化することに躍起になって、相手の意見を真剣に聞こうとしなくなってしまいます。)

しかし、これは社会を変えることにつながるでしょうか?

残念ながら、グループで受け入れられることは、ほとんど意味がありません。
グループとは、結局 個人が集まったものなのです。
その場でのサポート(正当化)以上には、移り気なしろものです。

誰であれ、個人としての責任を回避させてくれる一番の言い訳を与えてくれる人に依存し、渡り歩くことになるのです。
ドクターショッピングが大盛況です。

グループの行動に焦点を当てているので、過激な人達は、グループ自体の中での活動を取り締まる羽目に陥ることがよくあります。
(共産主義者の粛清・過激派のリンチなど、仲間割れがはじまります)

どちらも最後に陥るのは、無関心・分離感・選択の余地なし

出典BRAIN UPDATE

あなたが小心者であれ、過激派であれ、その言い訳がなんであったとしても、その結果は全く同じです。

原因が何であっても、自己不信を感じることで「ブラックエンジン」がスタートし、
意識レベルで、反感→怒り→恨みを感じると
潜在意識レベルでは、敵意→失う恐怖→罪の意識という螺旋階段を落ちていきます。
そして最後には、
身体レベルでは、無感覚・麻痺した状態で、頭と心と身体が分離し、選択の余地がない
という状態に陥ります。


小心者は過激な人達を軽蔑します。
それは、過激な人達が小心者が抑圧しているものを外に表現しているからです。
これほど脅かされることはありません。
というのも、心の底では、小心者達は、
自分達が作り上げてきた道徳的なシステムに対して蹴ったり叫んだり、怒鳴ったりするだけの勇気が自分にもあったらと思っているからです。


過激派は小心者を軽蔑します。
というのも、小心者は表現しないからです。
言い方を変えれば、過激な人々は、自分達が小心者になってしまうのを恐れるからです。
そして世界全体に対する責任を取る代わりに、自分に対する責任を取らない限り、
結局はそうなるのですが。

詩人のエドナ・セント・ビンセント・ミレイは、このことをうまく言ってのけています。

「私は人類を愛している。
しかし、人間どもときたら大嫌いだ!」


彼らは外の世界に気持ちを向けます。
このことによって内側は混乱しているのだという真実と直面する苦しみを味合わずに済むのです。

「小心者」と「過激派」この二者の違いは、内側か外側か、どちらに気持ちを向けるかです。

お互いの共通点は、外側の権威にたいする恐怖です。

どちらもが共通して持っている問題は、自分自身の権威を否定していることと、
仲間達のサポートに依存することです。

陥っている罠は「何をしたら、受け入れてもらえるだろうか」

言い訳は「二度と傷つけられたくない」です。

真実はといえば、誕生の苦痛に耐えた後は、それ以上に傷つくことは不可能なのです。

「また傷つく」は責任を完全に回避した姿なのです。

「振る舞いのバロメーター(感情の地図)」では、

「傷つけられた」の反対は「魅了された」です。
これは、人々が私たちに魅了されるようであって欲しいということなのです。

皆んなが私達を最も面白く、魅力的な人間であると思って欲しいのです。

相手がそうならないときに、私たちは傷つくのです。

でもそれがどうだと言うのでしょう!

もし、私たちが残りの人生を、ただ受け入れられる為だけに服従し、屈服し、泥靴をなめ、自分をおとしめ続けるとすれば、それは人生の巨大な時間の無駄になるのです。

言い訳を断つのです!

本当に尊敬に値する個人としての責任を作り上げることに取り掛かるのです。

小心者を好む人はいません。

頭に血が上った過激派を好む人もいません。

人々が望んでいるのは、自分自身の選択の力なのです。
(小心者も過激派も、他の人の選択の余地を否定していることが分かります。
反射的なリアクションの余地しか残されていないのです)

更にひどいことに、選択の力を感じられない人々は、人に選択の余地を与えないことが往々にしてあるのです。(何という復讐心に満ちた現実でしょう!)

人が誰に対しても与えられる最高の贈り物は、自分で選択する権利です!
そういうわけですから、自分にもその選択の権利を与えてはどうでしょうか?

今まで傷ついてきたほどには、もう傷つけられることはできないのです。
ひょっとしたら少しも傷つかないかもしれません。

言い訳をすることをやめて、「人を喜ばせる人間」としてではなく、
そのままの自分として誇ることができるようなやり方で行動しはじめたとしたら
実際、あなたの生活のややこしい部分が即座に消えてなくなるかもしれません。


小心者も、過激派も、これは単に独り言の問題に過ぎません。
ある種の振る舞いをすると、ある種のリアクションがやってきます。
そのリアクションについて、自分に語りかけます。
そして、どうするべきかを自分に向かって小心者であり続けるように告げるとしたら、その通りになるのです。

過激なポジションを補強するとした、もっと過激になるのです。

過激であれ、小心であれ、私たちの在り方が、心の中にもたらした感情的な苦しみを解消できるほど十分に自分の振る舞いを変えることには、こういったこと全ては何の役にも立たないのです。

自滅的な独り言は、いつでも「自分にはどうしようもない! これしかできない!」
という言い訳に基づいているということです。

馬鹿げています!

いつだって、何かはできるのです!
違った態度を選ぶこともできるし、違った振る舞いを選ぶこともできます。
成功することに賭けてみることだって出来るのです!

というわけですから、もしあなたが自分を正当化する為の言い訳を使ってきたのであれば、負け戦を戦ってきたのです。

これをひっくり返して、勝利を収めればどうでしょうか>
結果がどうなろうとも、あなたのそのままの姿に対して責任をとってください!

今までに失ってきたもの以外のものを失うことはできないのです。
それに、ひょっとしたら、ただより良くなるだけかもしれないのです!

  《 以上 ダニエル・ホワイトサイド著「言い訳をやめると」から》
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いかがでしたか?


戦後の自虐史観を刷り込まれて、NOと言えなくなってしまった日本人の皆さん!


もうそろそろ目覚めようじゃありませんか!


では本題に戻りましょう!

なぜ、私が三宅洋平を応援するのか?

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本来、政治とは政(まつりごと=祭り事)

「祭り」には、音楽がつきものです。


ミュージシャンが政(まつりごと)に目覚めると、政治が面白くなっていく!
それを体感させてくれたのが、三宅洋平だ!

音楽・踊り・絵画などなどアートがなぜ力を持っているのか?
それは、「正しい/間違っている=分離」を追求するのではなく、
「より美しいもの・より楽しいもの=調和同調・ワンネス」を探求することこそが
芸術・アートだからだ!

そして、そこには調和の周波数が流れ、共鳴共振を起こし、全てを巻き込んでいくことになる。


小心者の視点から見ると
三宅洋平は、過激派のように映るかもしれない…。

ヒゲ、長髪、という三宅洋平の風貌は、
あたりさわりのない大多数の小心者の大人たちからすると、過激に感じることだろう。
ヒゲと長髪はやめるべきか? 
「ヒゲと長髪やめれば、もっと票をとれるのでは?」
という最もらしい意見もある。

しかし、三宅洋平自身が言っているように、

有権者に受け入れてもらおうとして、ヒゲを剃り、髪を切って立ったなら、
それこそ、票を得たいがために、本来の自分の個性を偽ってのパフォーマンスであり、
小心者に成り下がった姿である。

彼は、早稲田出身で、リクルートという巨大企業出身である。
しかし、そう聞いただけで、彼に対する見方がころっと変わってしまうのなら、
やっぱり本質を見落としている証拠である。

彼の言うとおり、それでは何も意味がないのだ。誰もが自分らしく、自由に生きられる社会にするために、自らがその象徴として勝つために、リスクを承知で彼はあえてやっているのである。



三宅洋平は、単なる頭に血が上った過激派ではない!
彼は、自民党をはじめ、体制に対して戦いを挑んでいるのではない。

本音でぶつかり合うことで、お互いを理解し合い、より良い社会を作っていきたいと思っているだけだ。

それは、
「喧嘩のゴールは仲良くなることだろう!
そのゴールなしに喧嘩することは戦争と同じだ!」
という彼自身の言葉にも表れている。

最もらしい正論で煙を巻くのではなく、音楽で培った熱意というバイブレーション(波動)が、直接若者の魂に共鳴共振を起こし、無感覚・麻痺状態だった若者の心と身体(生体コンピューター)に再起動を起こさせているのだ。


そう考えると、三宅洋平は、現代のサムライを彷彿させる。

日本はもともと文武両道の社会である。


忘れかけた武士道精神を、次の動画で紹介する。

周波数を変えることで戦いを終わらせることができる!

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サバイバル・モードから脱出する為には?

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「サバイバル・モード」から脱出する為には、「いい/悪い」という考え方にこだわることをやめることです。
そして、「過去(後脳=長期メモリー)」から「今現在(前脳=短期メモリー)」に脳のスイッチを切り替えることです。
その為には、「今、自分自身が目指すゴールに対して、本当に必要なことは何か?」
「今最も適切な行動は何なのか?」ということを額に触れながら深呼吸し、
「新しい選択=創造=想像」を可能にする右脳側につながることです。

出典BRAIN UPDATE

アーティストよ立ち上がれ!

左脳偏重で、言い訳正当化に終始していた政治家に興味が持てず
右脳偏重の現実逃避の世界に酔いしれていたアーティスト達よ立ち上がれ!

音楽や芸術をいくら探求しても、それが現実逃避だとしたら何の力も持ちません。

結局、左脳偏重のサバイバル・モードの政治家から、
様々な不安・恐れを植え付けられた小心者が
本当の気持ちを押さえ込んだまま、

「自分の愛する人達を守るためには銃を持って戦うしかないんだ!」

という選択の余地のない世界に押し流されていくことになります。


三宅洋平のいうように
これからの時代は、アーティストが政治を語らないことがダサい時代になっていく!

政治に無関心で現実逃避してきた若者達よ! いい加減に目覚めなさい!

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何か辛いことがあった時に、あなた達にできることなんか、せいぜい目をつぶることぐらいじゃない。でも目を閉じても、問題は消えて無くならないわよ。目を開けた時に、事態はもっと悪くなっているだけ。普段は個人の自由だなんて言って権利を主張するくせに、いざとなったら人権侵害だと大人に守ってもらおうとして。要するに、いつまでたっても子供でいたいだけなのよ。
悔しかったら、自分の人生くらい、自分で責任持ちなさい!

世界をより良くしていく為には、一人一人が目覚め、自己責任を取ることです。
たった7日間でマインド・コントロールから自由になり、自分自身の権威・選択の力を取り戻すことができるとしたらどうですか?

それが
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です!

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7世代先の子ども達の未来の為に「宇宙維新シンポジウム」

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1960年生まれ。静岡県浜松市出身。陸上自衛隊に4年間、企業研修インストラクターとして8年間勤務。「どうしたら真の人間変革を起こせるのか」ということを探求していく過程でキネシオロジーに出会う。以来24年間にわたって最新の脳科学、心理学、人相科学、東洋医学など古今東西の人間に関する研究を統合したキネシオロジーを探求し、日本の草分けの一人として活動。それらの功績を認められ2010年「東久邇宮文化褒賞」を受賞。
それまでの人生経験と学びを統合した「ブレイン・アップデート・メソッド」を開発。
「国際ブレイン・アップデート協会」を設立し、その受講生は世界23ヶ国に広がっている。

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