障害者は健常者の感動の対象ではない!

この女性はステラ・ヤングさん。
2014年に32歳でこの世を去っています。
ステラ・ヤングさんが有名になったのはとある発言です。

「障害者は人として扱ってもらえません。感動を与えるだけの存在です。」

この言葉を知って考えました。

障害者の人の話はどこかいつも感動的なものばかり。
このステラ・ヤングさんの発言通り、健常者が勝手に障害者の人のことを感動的に見ている。
それは意識はなくても根本的に差別ではないのか?

私はそう思いました。
私自身も今まで本やテレビで障害のある人が懸命な姿を見て感動した経験があります。
その懸命って私が勝手に抱いた感情にすぎないと気づかされました。

健常者は障害者を見て「感動ポルノ」している事実

ステラ・ヤングさんは、健常者が障害者を感動対象として見ることを
「感動ポルノ」
と名付けました。

ポルノと付くととても過激な表現になると感じました。

ポルノと付けた理由は
健常者が感動するために障害者を利用して得をしているから
そう語っています。

またここで私は考えました。

例えば、ステラ・ヤングさんのように車いすに乗っている人。
学校に通って車いすでサッカーをしたとします。
要は足でなく車いすでサッカーをする姿を見て、私たち健常者はきっと感動するでしょう。

でも、車いすに乗っている人にとっては当たり前のこと。
それを感動の対象と見られ、
「あなたを見て感動した。これから頑張ろうと思う」
そう言う人は絶対にいます。

実際にステラ・ヤングさんはもう何度もこう言った言葉を掛けられたと言います。

感動ではなく障害者を見下している

あなたの姿を見てこれから頑張ろうと勇気づけられた。

ステラ・ヤングさんは、
「自分の人生は最悪だと思ったけど、下には下がいる」
と健常者が思っていると強く訴えました。

そう、勇気づけられたは健常者の一方的な美談ということ。
障害者を最悪の人生より下の位置づけしている。
根底にはこんな差別があります。

私も今までspotlightに感動的な話を書いた経験があります。
感動は誰にとっても美しく心が潤うものだと信じていました。
でも、まさにこれこそが感動ポルノだったのです。

ステラ・ヤングさんの訴えは多くの障害者の人が感じていることなのでしょう。
障害は悪い、可哀想。
それがいつの間にか当たり前になっていました。

障害者を勝手に良い人だと決めつけている

思いだしたできごとがあります。

歯科助手としていた時です。
同僚が障害のある患者さんから苦情を受けた時のこと。
同僚は
「あの人障害があるから良い人だと思ってたのに」
そう言っていました。

今思い返すとこれも感動ポルノ。
障害者は誰もが良い人で、一生懸命に生きている。
そう思っているから発せられた言葉です。

私もそうですが、勝手に良い人像を大きくしているところがあると感じます。

最近で言うと乙武洋匡さんの不倫の報道もそうかと思います。
不倫についてはここでは置いておきます。
乙武洋匡さんに良い人像を描いていた人はたくさんいて、実は良い人でなかった。
そういう感情が報道と共に盛り上がった部分もあると感じます。

ステラ・ヤングさんの発言や感動ポルノという言葉を知って今まで健常者としてかなり身勝手な見方で障害者を見ていたと感じました。

ただ、これからどう考えていくかは人それぞれです。
ひとつだけ辞めたいことがあります。

とてつもなく落ち込んでも、障害者の姿に感動をして自分より下の人が居たという感情を抱くこと。

人間はみんな同じ。

確実に感じることは、健常者と障害者の間には残念ですが大きな溝がまだあると言うことです。

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