入学祝いのお返ししていなかったからと、妹夫婦が遊びに来てくれました。妹は、妊娠31週で、3人目の子を妊娠していました。まんまるなお腹を、さする妹。おしゃべりしていると、妹が突然、
「お姉ちゃん。片方の目がね、全く見えないの。」
痛みもなく、片方の視力がなくなってきているんだと言いました。妹の目を見てみると、片方の目が、全く動いていません。黒目が、大きくなったり小さくなったりもしていませんでした。そんなに大きな病気だとは思わなかったので、早く眼科に行きなよ、なんて話をして、別れました。それが本当に最近のこと。


まずは、近所の眼科へ行きましたが、傷も何も付いていないとのこと。たぶん、脳神経外科ではと言われたそうです。某大病院で妊婦健診を受けていたので、脳神経外科にまわされ、ようやく病名が判明しました。

女性に多い腫瘍「髄膜腫」とは

髄膜腫とは脳腫瘍の一つです。ひとことに脳腫瘍といっても様々ですが、脳腫瘍のなかでは比較的ポピュラーな腫瘍です。近年の日本脳腫瘍統計では1位で、脳腫瘍の約20数%をしめる脳腫瘍です。脳腫瘍の発生頻度は一般に年間発生率が1万人に一人といわれますから100万人の人口がいれば年間20数人ほどの方がこの病気がみつかる計算になります。しかしながらこれまでの統計は何らかの症状があって見つかった病気の割合が主です。最近は脳ドックの普及により無症状であるにもかかわらず、偶然みつかることも多くなりました。女性に多い腫瘍で、女性ホルモンとの関係も認められています。時に多発することがあります。

髄膜腫は脳の外側、頭蓋骨の裏側にある硬膜という膜から発生する腫瘍です。つまり脳そのものから生じる腫瘍ではなく、脳の外側に発生して脳を外側から圧迫するできものです。
すなわち、脳を傷つけずに治療できる可能性があります。
髄膜腫はほとんどの場合組織学的には良性です。これはすなわちおとなしいということであり大きくなるスピードが癌などとはちがって遅いということと、転移しないという意味です。まれに急速に大きくなるものも存在し、これらは悪性髄膜腫といわれ、転移することもあります。

出典 https://square.umin.ac.jp

妹の場合は、視神経を圧迫している鞍結節部髄膜腫でした。

視神経を圧迫しているので、腫瘍の温存はできないとの判断でした。妹は東京で看護師として働いた経験があるので、事の重大さはよく理解できたと思います。即、入院になりました。良性だけど、某大病院では過去例がないほどの大きさだそうです。元気な赤ちゃんを産む、ママも元気でいるって、当たり前のことのようですが、すごいことなんだと感じました。



妊娠中なのに、脳の病気って・・・32週だとかなり小さい赤ちゃん・・・上に2人もいるから、長期間の入院は、家族もかなり不安です。



帝王切開をする前の晩、妹と話をしました。
「剃毛した?そこは看護師さんが、眠剤必ず1錠配って歩く?夜9時から絶食でしょ?午後の帝王切開だと、水、飲みたくなっちゃうねぇ。」
気のきいた言葉は言えませんでした。電話切る時、私は堪えられず泣いてしまいました。良性とはいえ、脳の手術。もし、何かあったら・・・



先生から、赤ちゃんは小さいけど100%大丈夫と言われ、32週で全身麻酔で帝王切開になり1800gの男の子が誕生しました。赤ちゃんはNICUに入り、妹は、すぐに術前検査に入りました。32週で、病気がわかってよかったです。命がつながるのですから。赤ちゃんは、妹の希望になるでしょう。ちょっと早かったら、もしかしたら、赤ちゃんはあきらめてと言われたかもしれません。病気になるのは仕方がないので、この時点でわかったのは、妹にとってベスト。32週まで頑張ったねと言ってあげたいです。帝王切開の傷の回復を待ち、脳の手術は来月初旬と決まりました。


出典Satomi Nakano

私達、家族ができること


私達は、妹の病気をかわってあげることも、産まれたばかりの甥を抱くこともできません(赤ちゃんに会えるのは、両親と祖父母のみ)何かできることをと、千羽鶴を折り始めました。東京に住む妹と、実家に住む妹で、手分けして折りました。私は340個折り、昨日、福島の末妹に送って、東京の妹が折った300個も福島へ送ったそうです。末妹が自分が折った鶴と合わせて、千羽鶴にしてくれました。両親と姉妹全員の写真付きメッセージも、病院へ持って行きます。

出典Satomi Nakano

みんなで、メッセージを書こうということにもなりました。
「お父さんも、これからメッセージを書くんだ。」
と父が言っていました。妊娠中、自分の娘が脳に病気があるとは、父もかなり辛かったと思います。少しでも痛みがやわらぐように、頑張れる力になれるように、私達、家族ができるのは、回復を待っていると、元気になって欲しいという想いを伝えること。

出典Satomi Nakano

私達家族のメッセージを渡しました。私が4枚貼りあわせると、涙がぽろっと出てきてしまいました。夫が、
「俺の字、息子より下手かも。」
と言って笑わせてくれました。笑わせてくれてありがとう。

出典Satomi Nakano


妹の手術の日は、両親が朝6時に家を出て、病院へ駆けつけました。東京の妹は朝5時に家を出て来ました。一目でも会いたいからって。姪が笑わせてくれて、場が和みました。時間まで、1800gで産まれた赤ちゃんの名前をみんなで考えました。


義弟は昨夜、二荒山神社へ行って神頼みしたそうです。今朝は、亡くなったお父さんのお墓へ行って手を合わせたとか。
「夜中、神社へ行って、職務質問されなくてよかったね。」
と皆で笑ったのですが、じっとしていられなくて心配でならなかったのですね。



手術室に入る時、妹と握手しました。妹は、泣き笑いで手術室へ入っていきました。両親は、終わるまでつきそいます。長い1日の始まり。義弟の家族や、私達の家族が一緒だったので、とても心強く、あったかく、穏やかに待つことができました。

出典Satomi Nakano

病室には、私達姉妹が折った千羽鶴の他にも千羽鶴が2つありました。グラデーションがキレイです。折り目もぴっちりで、心が込められているのがわかります。保育園のお母さん方が折ってくださったそうです。

13時間半の手術。術後、会ってきました。顔を見た時、おもわず2人で泣いてしまったけど、リスクのひとつにあった言語障害などはなさそうです。目は以前と同じように見えるようになったと言っていました。妹は看護師だったのですが、まさか自分が看護される側になるとは思わなかったと思います。この痛みや辛さを経て、看護師だったことに誇りを持てたんじゃないかなと思いました。


32週で産まれた甥が、2700グラムを超えて先週、退院しました。背中にスイッチがあるのか、床に寝せると泣くようです。今までNICUにいたから、ママに会えて嬉しいよね。


妹は13時間半の手術をしたのに、1週間で退院しました。夜中、いろんな音がうるさくて、寝られないからと、早めに退院となりました。経過は順調で、傷口は髪の毛の生え際にそってあるので、髪の毛で隠したり、ヘアーバンドを巻くとわかりません。20~30針の抜糸でしたが、髪を下ろすと傷は全くわからないです。



誰よりも妹の心配をしたのは、福島の両親でしょう。早く退院することに心配していたのは父でした。特別なプレゼントよりも、子供が元気でいることは、親にとって何よりの親孝行なのだと感じました。妹が早く日常生活に戻ることが、1番の親孝行ですね。


昨日、友達に返信するメールに、私が
「健康でいる使命が、誰にでもあるね。」
と書きました。考えてというより、湧き出てきた言葉でした。



妹の病気と、甥の誕生。家族の為に、健康でいる使命が誰にでもあると感じます。
健康で居続けるために、昨年は受けませんでしたが、今年は、夫と一緒に健康診断を受けようと思いました。どうして、昨年、受けなかったんだろうと悔やみました。子育て中は、健康診断は、後回しになりがちです。あなたは、家族にとって、大切な人。健康診断を忘れずにしましょうね。

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