「お母さん、自分が母親になって、また、お母さんのすごさがわかった気がします・・・­­」
この言葉で始まるボンカレーのCM。このCMを見た時、あ、母と私みたいと思いました。そして、この旦那さんは、夫みたいだと。



長女が赤ちゃんの時、私が疲れていた時、夫はは、夕ご飯を作ってくれ、助けてくれました。長女は、母乳もミルクもよく飲む子でした。夜中、長女は大泣きしていたのに、私は起きられなかったようで、夫がミルクをあげていたことがありました。私を起こして、私にミルクを作らせてもよかったのに。仕事で疲れているのに。起こさず、大きな背中をこちらに向けて、愛娘にミルクをあげている姿。いつまでも忘れられません。

出典 YouTube


私が年長さんの時の、夏休みの記録表。私が親になった時、母から譲り受けました。8月2日に、
「カレーライスにしてくれたら、やったぁーとおおよろこび」
母の字で書いてありました。小さい時、母が作るカレーライスが好きでした。今日、カレーだよって言われると、飛び跳ねて、喜んでいたことを思い出します。私が1人暮らしを始めて、母が送ってくれた段ボールの中には、野菜と一緒に、冷凍のカレーも入っていました。その冷凍のカレーは、じゃがいもやニンジンも入っていて、解凍したらボソボソしていたな。私がカレーが大好きだから、食べさせてやりたいと、冷凍して送ってくれたんですね。


記録表には、父の字もありました。父もちゃんと、書いてくれていました。父はとても厳格な人で、感情的にすぐ手をあげて、冗談なども言いあえない父娘でした。
今は仲が良好になりましたが、ちょっと前まで、「手をあげられた」こと、「厳しく怒鳴られた」こと、そういうことばっかにフォーカスして、ダメな親の部分を探していました。愛されてると感じているのに、表面的なところに反応をしてしまう。もっと深い部分、そこにフォーカスしてみると、「手をあげられた」、「厳しく怒鳴られた」それ以上に、愛されていた事実がいっぱい・・・



目の前にあるのに、ないない言っていたような感じ。
愛情に
気が付いていないだけだったんだなぁ。

出典Satomi Nakano

母は、フルタイムで働くワーキングマザーでした。授業参観は、いつも父だったし、PTAの役員も父が担当でした。謝恩会、卒業式には、プロが使う大きなビデオカメラを持って、父が撮ってくれていました。父は、副業でタクシーの運転手の他に、結婚式場のビデオカメラマンでもありました。今、思うと、なんでもやっちゃうお父さん(笑)私のカメラ好きのルーツは、ビデオカメラマンだった父の影響ですね。



母は、学校行事が出られないかわりに、子育ての記録、アルバムだったり、編み物や洋裁、和裁、家のことを頑張っていたように思います。4姉妹分、ちゃんと。想い出すと、「私」という大事な部分は、両親から、間違いなく受け継がれたものばかり。私が長女を出産した後、母から渡された、私の母子手帳。成長記録がびっしり書かれてありました。
繋がれていく想い、愛情、いのち。

出典Satomi Nakano

母が三女を出産した時のメモも見せてもらいました。1月下旬に産まれた私の妹。


朝から暖かな一日である。さとみ朝から病院へ来る。喜んで笑ってばかり。初めて赤ちゃんを抱く。おとなしく眠っている。まだ、下腹痛あり。さとみは、1人でいるとおとなしいのか、びっくりするぐらい。家にいるとゆかり(私のすぐ下の妹)とけんかばかりなのに。お姉ちゃんになるみたいね。夜8時、実家の父、見舞に来た。(さとみに、お母さんはいつになったらお家に来るの?と言われた)


私が言った言葉を、母は記していたんですね。早く退院したかったんだろうな。

出典Satomi Nakano

8月5日、母の誕生日。もうすぐ。
お母さん、今日は、カレーにするよ。私と同じく、子供達は、カレーが大好きだよ!

出典Satomi Nakano


CMの一言。
まだまだ、お母さんみたいにできないけど、私、頑張れるかな。
少しでも、お母さんに近づけるように、今日も頑張るよ!

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