親である私たちは、
自分の子供が
静かにしなければいけない場所で言うことを聞かず大声を出したり、
家にある大切なものを壊したり、
周りの子供に手を出してしまったり、
と、親のイライラが限界に達した時、または、周囲の目からプレッシャーを感じ、恥をかいた時に初めて「しつけをしなければ」と思うのです。

しかし、前回も書いたように、

「しつけは、子供の成長のために必要なもの」であり、

「しつけをするタイミングは親の怒り(イライラ)が頂点に来た時に初めて行うものではなく、子供の態度や言葉に誤りがあった時にするもの」であります。

「しつけ」を行う前に、これだけは抑えてください!

実は、しつけはそんな難しいものではありません。しつけ自体はそんなに難しものではないのです。
 
しかし、「同じ基準で、しつけをし・つ・づ・けなければいけないところに難しさを感じる人が多くいると思います。」

しつけを簡単に図に表すとこんな感じです。

何もない四角に赤の線を一本足す。これが「しつけ」です。

しつけとは子供を傷つけるためのものではなく、子供に「正しい境界線」を与えてあげることです。

境界線とは、何が良くて(正しくて)、何が良くないか(間違っているか)を示す、基準を設けることです。

「しつけを必要としない」という考え方は、子供に真っ白な四角を与えるだけです。そのため、家にある大切なものを壊したり、自分で怪我をしてしまったり、また、周りの子供に怪我をさせてしまったりと、自分自身をうまくコントロールできない子供に育ってしまいます。」 

そして、多くの場合、それを「自由な子」という言葉で片付けます。

もちろん、全ての親は自分の子供に「自由」を与えたいと思っているはずです。

実は、ほとんどの親は、「しつけは必要でなはい」とは思っていません。しかし、それ以上に「子供にもっと自由を与えたい!」「自分が小さい時に親に奪われた自由をもっと体験して欲しい!」「もっと彼らの自主性と、個々の特性をいかしたい」と思うことで、「しつけ」を遠ざけてしまうのです。(←これらの理由は決して悪い理由ではありません。)

しつけをしないことを選ぶ親は決して悪い親ではありません。
逆に子供のことを良~く考え、思っている親であると思います。
しかし、その選択には、同時にディメリットもついて来ることを知らなければいけません。
なぜらば子供に与えているのはただの何もない四角のみだからです。

四角のみを与えるのであれば、

怪我をして初めて学び(←小さな怪我であれば良いですが)
人と喧嘩をして初めて学び、(←集団行動をうまく取れれば良いですが)
大きな問題になって初めて自分の行動が良くなかったことを学ぶのです。(←大きな問題は大変です)

それが、「自由」の代償です。自由は一見、「自由」であるかのように思えますが、実は、その自由は人との関わり合いが増える時期になればなるほど、逆に自由を奪うマイナス面も増えてくる訳です。この世の中でその子一人だけが暮らしていれば何の問題もありませんが、そんな訳にはいきません。私たちは人と関わりを持って生活していく生き物です。
だから結果的に自由がもたらす教育が逆に自由を奪うところにつながってしまうのです。

だからこそ、「問題が小さい時に正しいものを教えてあげましょう」

それが四角のなかの一本の線(境界線)です。

実は、境界線を与えても、正しい場所の中で「自由」にすることができるので、決して「自由」を奪っていることではありません。子供に極端な厳しさを与え、彼らに限界を作ってしまっているわけでもありません。

ただただ、境界線を設けることで、正しさと、間違いを区別させるのです。そして、正しさのかなで大いに自由を体験してもらえるはずです。


では、次回はもっと具体的に「どの様に境界線を引くのか」話していきたいと思います。
次回をお楽しみに!

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私と、私の妻はライフハウス東京という教会で牧師として働らかせて頂いております。(http://tokyo.mylifehouse.com/)
毎年、何十組もの結婚するカップルや既婚者のためにセミナーやワークショップを開き、少しでも皆さんの助けになればとアドバイスをしております。毎回の講演会(東京)では約100名ぐらいの方が来ていただき、大盛況に行われております。ぜひ、セミナーに来られない方にもお役立ちになれる記事を書ければばと思って投稿しております。ぜひお読みください。

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