今年のお正月に、同窓会がありました。1年間、幹事として、準備を進めてきた中学校の同窓会。役割が乾杯の挨拶で、直前はドキドキしましたが、その場になると、そうでもないですね(笑)


「福島が大好きです。」


このフレーズを絶対に入れたくて、挨拶に入れ込みました。
私の実家の市は、現在、線量が少ないのですが、地震の後、福島を去った同級生が何人もいます。母子だけ避難させ、家族バラバラで住む人もいます。去った人、残っている人、私のように県外に住む人にも、私は、故郷の福島が大好きなんだと、声に出して、同級生に伝えたかったのです。


同級生が言いました。
「故郷は、頑張れる気持ちをもらえる場所」
「ここはhome」
ホントにそうだなと思いました。


故郷は、変わらず、そこにあり続けてくれるものだと思っていました。
福島は、そうではなく、これから暮らしていけるように、選択をし、守っていかないとと思っています。


アルバムを開いてみると、友達と笑いあった懐かしい時間。優しかった先生に、厳しかった先生。眠たかった授業、難しい問題。苦しかった部活に、汗を流したこと。勝った試合、負けた最後の試合に、泣いたあの日。隣に好きな人がいて、ドキドキしたあの瞬間。

何かになりたいのに、なれないもどかしさ。子供と大人のはざまで、揺れ動いた気持ち。甘酸っぱい記憶、
思い出しました。

出典Satomi Nakano

同窓会が無事に開催でき、後日、幹事の打ち上げがありました。食事を楽しみながら、お酒を飲みながら、それぞれ、同窓会を開催してみての感想を言った時のこと。

「私なんかを、幹事に誘ってくれてありがとう!私なんて、何にもできないのに・・・私なんかを・・・」


と、女友達が泣きながら、感想を言っていました。彼女の記憶力は素晴らしく、彼女のおかげで、住所録の半分以上が、埋まったと言っても過言ではないほど。何にもできないないなんて、ウソ、ウソ。


38歳の私達。それぞれが、それぞれに、大小様々な、いろんな想い、問題などを抱えています。彼女は、ちょうど、気持ちが弱っていた時だったのでしょう。生死をさまよう大病を患った話を聞きました。


打ち上げの後は、二次会、三次会と流れ、楽しくお酒を飲み、私は同級生とタクシーで帰り、コンタクトを外そうと、テーブルにケースを出したところで、コタツで寝ちゃたみたいです。ピアスしたまま、首にネックレスかけたまま。電気はつけっぱなしでした~。


出典Satomi Nakano

朝、姪に起こされました。寝起きの私。4次会まで飲んでいたので、まだ酔っています(笑)

姪を抱っこして思いました。

赤ちゃんは、ただいるだけで、かわいい。笑ったり、泣いたりするだけで、周りの人を幸せな気持ちにしてくれる。
存在しているだけで、十分。

それって、大人もそうじゃないかな?

「あなた」にいて欲しい。病気で何もできなくても。

健康に気を付けていても、病気になる人もいる。
病気になってしまった、あなたが悪いんじゃない。


弱気になって、私なんてと、そう、想ってしまうのもわかります。生死をさまよう大病ではありませんが、実は、私もパニック障害という病を抱えています。具合が悪い時、完治できるか先が見えない時、私なんてと想うこともありました。

大人になるのにつれて、いろんなモノを持つようになりました。目に見える家族だったり、お金だったり、仕事だったり、目に見えない、学力や、知識や、病気もあるだろうし、経験なども。いろんなモノを持ちすぎて、知りすぎて、人と比べてしまって、「私なんて・・・」「私なんか・・・」ココロが弱っている時、体調が悪い時、そう思ってしまいがち。

そうじゃない。
私なんて・・・と 泣いたあなたがいたから、楽しかったんだよ。笑えたんだよ。

「あなたは存在しているだけで、十分。」

健康だけが取り柄だった私が病気をして、病気になった人の気持ちが、少しわかり、そして想ったこと。

誰も多くは求めていません。ただ、隣にいて欲しい。例え、病気だとしても、あなたに、あなたにいて欲しい。「病気のあなたでもいい」「元気なあなたでもいい」

私なんて・・・と泣いた友達に伝えたいです。

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