東日本大震災後、周りの友達は、実際に東北へ行き、泥の撤去などのボランティアをしたり、たくさんの寄付をしたりしていました。私は、東北に住む友達の安否を確認することしかできず。福島に住む家族や友人の、よくわからない放射線の影響を心配していました。我が家もかなり被害を受け、心の余裕がなく、ささやかな寄付さえできませんでした。


私が住んでいる益子町も甚大な被害を受け、100軒以上をこすお客様の家の、工事に夫達はあたり、私は、その事務処理をしていました。自分には、何ができるだろう。子供がいてもできることはなんだろう。何をしたらいいのか・・・
今回の2016年の九州地方の地震後に、福島に住む私の同級生が、玉川 啓さんの言葉をシェアしていました。

出典 YouTube

玉川啓(浪江町復興推進課主幹)

震災前より福島県庁より浪江町役場に出向。住民協働のまちづくりに取り組む中で、東日本大震災に直面する。福島第一原発の事故により避難を迫られた浪江町において、避難から現在に至るまで、町の再建に携わる。
2012年4月に第一原発に立ち入りして、誠実な言葉で綴った現場リポートをFacebookで発信すると、『いいね!』が5万3千人超、シェアが1万5千人超と、驚異的な数字となり反響を呼んだ。異例の志ある職員とともに、約7割の子どもたちの想いを直筆のまま冊子「なみえの子どもたちの想い」として作成。町民と行政のつなぎ役、浪江町と他の支援者のつなぎ役として約100名の町民とともに復興計画の策定に取り組んでいる。


このような状況になると、「できること」しかできません。一方で、人の出来ることは想像以上に多くあります。力の支援と、お金の支援と、心の支援どれか一つ。それ以上に出来るかもしれません。今回の災害は一地域を超えた甚大な災害。私も自分も出来ることをしたいと思っています。仕事を通じた力の支援応援しているという意思を表明することでの心の支援現地で必要とされている資金への支援この3つを自分はしていきます。(玉川啓さんのフェイスブックより)


私の友達は、地震後、心がモヤモヤしていたけど、この文を読んで、気持ちが整理されたと書いてありました。実は私もそうです。


仕事を通じた「力の支援」
応援しているという意思を表明することでの「心の支援」
現地で必要とされている「資金への支援」


心の支援は、どこでもできる。東日本大震災の時、大丈夫と九州に住む友達のメールが嬉しかった。安否確認のメールが、嬉しかった。心を寄せてくれている人がいるだけで、嬉しかった。今回は、少しばかりですが、保健センターで寄付をしてきました。熊本産のオレンジを買いました。ささやかですが、私ができること。
できる人が、できることを、少しずつできたら・・・


出典Satomi Nakano

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