ルーベンスの作品「キリスト降架(1611-1614年)」

『ネロの願い・ノートルダム大聖堂』Onze-Lieve-Vrouw Kathedraal in Antwerpen

《昨日の『ノートルダム大聖堂のルーベンスの傑作』の続編です。》

★アントワープのノートルダム大聖堂には、17世紀バロック時代のヨーロッパを代表する画家ルーベンスの傑作4点が収蔵・保存されています。

イタリア留学から帰国した2年後の1610年から1611年に掛けて描いた作品「キリスト昇架」と「キリスト復活(1611-1612年)」「キリスト降架(1611-1614年)」そして、1626年頃完成した「聖母被昇天」の4点です。

先に「キリスト昇架」と「聖母被昇天」は解説していますが、残り2点の内のひとつがこの画像の『キリスト降架』(1611-1614年)Descent from the Crossです。

★作品は縦421㌢、横311㌢という大作で、磔刑に処されたイエスの亡骸が降ろされる場面が描かれているのですが、ルーベンスは「キリスト昇架」を描き終わった1611年、オーバーラップして「キリスト復活」とこの画像の「キリスト降架」に手を付けました。

でも、この「キリスト降架」は他の3作(いずれも1年ほどで完成)と比べて異なり、完成は3年という長い月日を経て、1614年でした。なぜ、前作品と重なるようにして描き始めたのかということと、なぜ、完成するのにいつもより長い時間が掛ったのか。その理由の一つが3作品と異なるクライアントだったからです。

ノートルダム大聖堂

この作品は実はアントワープ大聖堂からの依頼ではなく、当時のアントワープ市長だったニコラス・ロコックスから「火縄銃手組合の守護聖人クリストフォロス」を描いてほしいとの依頼により描き始めたものだったのです。大聖堂の作品が完成していませんでしたが、市長からの依頼を受けたその足で画布を開き、聖堂から依頼された作品とは別枠で仕事を始めたルーベンスでした。でも、途中で筆を降ろし、しばらくの間考えました。これでいいのかと悩みもしました。そして、イタリアから帰国した頃の自分の思いを振り返って悶々と過ごします。

そして、それまで願い続けていた思い、つまり、10数年振りに自国に訪れた休戦に感謝し、アントワープの恒久的な平和を願いつつ、多くの人に感動を伝えられる祭壇画を描こうと意を決していたことを改めて思い出したのです。でも、その願いを叶えるには、聖堂から依頼された3点に加えて、あと1点描く必要があったのです。ですから市長に願い入れたのです。

結果は市長とはクライアントというだけではなく、友人でもありましたから、ルーベンスの思いは伝わり、市長が依頼した作品を先に完成させた「キリスト昇架」の姉妹編として≪キリスト降架≫の主題を選び、完成させたのです。3年間悩んだのではありませんが、そういう経緯を経たことで出足が遅れ、また、思い入れの大きい題材だったことで、完成には多くの時間を要したのです。

ルーベンスの作品「キリスト昇架(1610-1611年)」

完成した作品は同じキリスト磔刑の場面を描いた前作「キリスト昇架」と同様に、作品では右上から左下へ流れ落ちるような対角線構図が用いられたことで、生と死を明確に表現したものとなり、古典的表現の影響を感じさせる優れたものとなり、ルーベンスの最高傑作と言われるほどに完成度の高いものとなったのです。

また、「キリスト降架」「キリスト昇架」は「フランダースの犬」の物語のクライマックスには欠かせないものであることは、皆さんは既にご存じかと思います。

★昨日紹介しました「聖母被昇天」の前で母親を思いながら、聖母マリアに逢った後、この2つの絵の前まで来たネロとパトラッシュは長い間観たかった作品をようやく目の前にしたのです。あまりの嬉しさにパトラッシュはネロをねぎらいながら涙を流すのです。

ネロもそんな愛犬に感謝しながら、願いが達せられた幸せに酔いしれます。そして、ルーベンスに出会えた歓びをパトラッシュと共に分かち合った後、作品の前で床に横たわります。

ネロもパトラッシュも幸せでした。ずっと会いたかった作品に会えたのです。夢にたどり着いたのです。もう大丈夫。そう思ったネロとパトラッシュは歓びとその安堵の中で深い眠りに就きます。そして、白い世界に入り、天使に囲まれて昇天してゆくのです。

人の願いは必ずや叶うものではありません。でも、そのための努力をしなければ、叶うわけがありません。

そんなことは誰でも周知のことですが、でも、ネロは叶う願いでなくても、叶わない夢であっても、それが解っていてもあきらめることができず、雪の日の寒さに凍えそうになっても、牛乳を乗せた重い荷車を曳きながら夢に向かってあの凍った路地を歩いたのです。

幼い子供であっても夢を失わなかったネロがそこにいました。ですから、自分の夢は叶わないかもしれないと思ってもいましたが、

でも、そうであっても最期まで諦めなかった…。いいえ、諦められなかったから、ネロは厳寒の中、必死に歩き、頑張ったのです。

神様はそんなネロが愛おしく思えました。過去を振り向かず、前を向いて懸命に生きるネロに向かってこう言ったのではないのでしょうか。

“夢を叶えましょう。だからもうそんなに頑張らなくてもいいのですよ…”

そして、ネロが最も愛したこの作品の前で最期を迎えさせてあげようとお思いになったのです。命が尽きる前に、ルーベンスの最高傑作と伝えられるこの作品にネロを招待し、その後、ネロの母親に似た聖母マリア様への元へ召したのです。

★夢を叶えらることができたネロとパトラッシュは、この物語の中で簡単に夢をあきらめないで、と世界中の子供たち語りかけました。そして、この「キリスト降架」は世界中の子供たちにルーベンスという素晴らしい画家が中世にいたということを教えもしました。

絵画芸術、そして、物語の世界、素敵です。


《註:文中の歴史や年代などは各街の観光局サイト、取材時に入手したその他の資料、ウィキペディアなど参考にさせて頂いています》

(旅行ジャーナリスト・作家 市川昭子著)

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★旅行ジャーナリストとして長い間、公私共に海外の国々を訪れ取材し滞在。美術館巡りが好きで「ヨーロッパの美術館」など著書も出版。海外ガイドブック30冊以上(フランス、イタリア、イギリス、ベルギー、オランダ、スペイン、ポルトガル、ギリシャ、ハワイ、アメリカ、香港、韓国、グアム、サイパンなどなど十数カ国のガイドブック)を取材し出版。★小説【あなたが生きた街】を出版。

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