№3『ノートルダム大聖堂・ルーベンスの悲しき余韻』Onze-Lieve-Vrouw Kathedraal 

アントワープ最大の見どころ「ノートルダム大聖堂」は、街を見守りながら長い歴史を誇っていますが、その間、様々な人々が様々な思いで関わり合い、それは多くの難事を抱えた中世という時間の中の経過でしたが、常にこのような清らかな白い世界を背景にして静かな佇まいを見せてきました。

★建物は、10世紀に創建されたロマネスク様式の礼拝堂の跡地に1352年に建設が始められ、約170年後の1520年に完成しています。完成当時はネーデルラント地方最大のゴシック様式の建造物として、また、その豪華さと壮大さに、国内ばかりではなくヨーロッパの人々までもが注目したと伝えられます。なかでも、1518年、現在世界遺産に登録されているブラバン・ゴシック様式の「鐘楼」の完成は注目されました。それは当時、王族が所有する採石場から運ばれた特別な石“白い砂岩”で造られたということと、123㍍の高さを誇る希有に見る高さからでした。

ノートルダム大聖堂の中央にルーベンスの作品が飾られた主祭壇

1520年の日本は武田信玄が活躍していた頃、室町・戦国時代です。庶民たちの生活に余裕が出て来る江戸時代に入る80年ほど前。その頃にこのような壮大な建造物がこの地に創建されたのです。現在は56基のカリヨンを付属し、朝な夕なに清らかな音色を奏で、アントワープの街を彩ります。

★写真はバロック様式の聖堂内部です。白い世界が広がる中央には神聖で秀麗な主祭壇が設けられています。そして、祭壇中央には聖母マリアが天国へと昇ってゆく様を描いたルーベンスの究極の名画「聖母被昇天」(1577~1640)が描かれています。でも、稀に見る清らかさと悲しみを称えたこの「聖母被昇天」にはルーベンスの哀しい記憶が織り込まれているのは、以外にも知られていません。

ルーベンスの悲しみの記録「聖母被昇天」

《ルーベンスの悲しみの記録「聖母被昇天」》

ルーベンスは 49歳になる少し前に作品を完成していますが、その数十日後に17年間、共に生きてきた妻イサベラ・ブラントが当時流行していたペストで急死するというよもやのことが起きていたのです。クララ、ニコラス、アルバートという3人の子供を残して、ルーベンスに別れを告げる間もなく、34歳の若さで天国へ旅立って逝った妻…。

ルーベンスの多忙が続くことで、不仲説まで出ていた当時でしたが、愛が冷めたのではありませんでした。愛し合っていましたし、彼女の生家(街の有力者ヤン・ブラントの娘でした)の下支えもあって貴族の称号を得ることができ、そのおかげで外交官として成功した自分を知っていましたから、感謝もしていました。ですからルーベンスの悲しみは大きく、一旦完成した「聖母被昇天」を再びイーゼルに乗せたのです。

そうなのです、悲しみに暮れた彼は、完成させたはずの作品を今一度取り出し、イーゼルに架け、愛する妻イサベラを描き入れたのです…。絵の中央の中ほどに描いてあった赤い服を着た女性の顔をイサベラの顔に書き替え、妻への葬送としたのです。

《「聖母被昇天」のマリア像はネロをパトラッシュと共に天国へ導いてくれました》

この作品にはもうひとつ注目したいことがあるのです。

“ネロのまぶたに浮かぶものは、ただ「聖母被昇天」の絵に描かれたマリア様の美しい顔でした。マリア様は、波打つ金髪が肩にかかり、永遠に輝く太陽の光がひたいを照らしていました”

上記は「フランダースの犬」の一説ですが、この作品の中の聖母マリアに逢ったその夜、ネロは聖母に抱かれるようにして天国へと旅立っていったのです…。

★大切な人々の思いを主祭壇に託しているからでしょうか、あまりにも白過ぎます。あまりにも透明過ぎます。あまりにも優し過ぎます…。

だからでしょうか、切なく生きた人々の過去が見えるようでもあります。でも、聖母マリアは人の情けの温かさを説いていますから、悲しみを伴いながらも眩しいほどに光っても見えます。素敵です。

《次回もルーベンスの作品の解説は続きます》

《註:文中の歴史や年代などは各街の観光局サイト、取材時に入手したその他の資料、ウィキペディアなど参考にさせて頂いています》

(旅行ジャーナリスト・作家 市川昭子著)

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★旅行ジャーナリストとして長い間、公私共に海外の国々を訪れ取材し滞在。美術館巡りが好きで「ヨーロッパの美術館」など著書も出版。海外ガイドブック30冊以上(フランス、イタリア、イギリス、ベルギー、オランダ、スペイン、ポルトガル、ギリシャ、ハワイ、アメリカ、香港、韓国、グアム、サイパンなどなど十数カ国のガイドブック)を取材し出版。★小説【あなたが生きた街】を出版。

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