いかに幸いなことか、
  裁きを守り、
   どのような時にも恵みの業を果たす人は。詩編106:3

 わたしがあなたがたを愛したように、
互いに愛し合いなさい。
これがわたしの掟である。ヨハネ15:12

      (ローズンゲン日々の聖句5/31;火)

 愛してくださっているのですね。天の神、主と呼ばれる方は。
「父である神」、「御子である神」、「聖である霊」と呼ばれている方が、互いに愛し合い、尊敬しあい、すべてを明るみに出し、見せ合い、互いに、自分の思いがなることではなく、相手の願っているその思いがなるようにと願っておられる、愛し合っておられる、その同じ愛で私たちを愛してくださっているのだそうです。

 そして、私たち人間が、その、同じ心になるようにと、御子である方が、天の栄光の御座を後にして、マリヤの胎を通して、人間イエスとして人の世に来られ、私たち人間の背きの罪の贖(あがな)いしろ(買い戻しの代金)とてして、ご自分の命を差し出し、十字架刑での処刑を受けて、私たちの背きの罪の全部を処罰済みにしてくださっているのだそうです。

 うえで、今度は、「聖である霊」と呼ばれる方が私たちに来てくださって、受け入れる者の心に、ご自身の愛の心を置いてくださるのだそうです。

 それで、私たち、自分の思いがなることを願うだけの者、身勝手な愛しか持たない者なのに、この方を受け入れるなら、イエスが愛しておられる、その同じ愛の思いが心に来るようにしていただけるのだそうです。

 その働きを受け入れる者は、「なんと幸いなことよ」と言われる、その幸いの中を進むことになるのだそうです。
今日も。

この記事を書いたユーザー

佐知男 このユーザーの他の記事を見る

愛媛県久万高原町の産。仏教大学(社会福祉)、JTJ宣教神学校卒。キリスト教プロテスタントの教会員。

権利侵害申告はこちら

Spotlightのライターなら1記事最大3000円もらえる!日本最大級メディアでライターデビューのチャンス