近所の子供たちに声をかけた

ニューヨーク在住時のある日、近くのショッピングモールの駐車場で、 私の自宅向かい側の家の兄弟、マイケル(12歳)とお兄ちゃん(19歳)が歩いていたので、車の中から声をかけた。 「家に帰る途中なの?」と。マイケルは「うん!」と答えた。

同乗するか?と訊いてみた

そこから自宅まで、車なら5分くらいの距離。だが、徒歩となると30分近くはかかるだろう。

私も家に直帰する。マイケルたちの家は目の前にある。なので、軽い気持ちで「私も家に帰るところなの。乗ってく?」と誘ってみた。

軽はずみな言動だった

だが、マイケルは首を横に振り、お兄ちゃんは「ありがとう!でも、僕たち歩いて帰るから。」と断ってきた。

私は、この二人に軽い気持ちで声をかけたことに対して、恥じた。

なんて、自分は、軽はずみだったのだろうと。

ここはアメリカ

ここは、アメリカである。

自分だって、息子に「知らない人の車に絶対に乗っちゃ駄目!たとえ顔見知りだとしても、絶対に駄目だからね!ただ、声をかけられたからって理由で車に乗っちゃ駄目よ!」と言い聞かせて育ててきた母親である。

予定外の行動は危険な及ぶ可能性を少なからず秘めている

知らない人は、当然であるが たとえご近所さんであろうとも、アメリカでは何が起きるかわからない。

予定外の行動は危険が及ぶ可能性を少なからず秘めている。

誰にも知らせないで、他の人の車に子供が乗るってのは、この国では論外である。(たとえ大人でも。。)

友人宅に遊びに行って、そこの家族が送ってくれる場合でも、乗せる子供の親の了解を得てからということが常識なのだ。

容疑者として逮捕されたのは、近所に住む友人の母親

そこまで、しなくても。。って日本だったら思うかもしれないけど。。

その1か月前、カリフォルニア州で8歳の女の子が行方不明になって、容疑者として逮捕されたのは、その女の子の自宅から5件先に住んでいた女の子の遊び友達の母親であった。

この事件に関しては、犯罪大国アメリカであろうとも意外な容疑者の逮捕に対して、全米が驚愕したが。。そんな事件が起きたばかりだったのだ。

Anything possible(なんでもあり)という現実

でも、"anything possible(なんでもあり)"という現実が突きつけられた。

だから、たとえ知り合いやご近所さんであろうとも、ただ見かけた、通りかかったっていうだけで子供たちを安易な好意で自分の車に乗せようとオファーすることは、絶対に慎まなければならないと思わせる事件だったのだ。私はそれをつい忘れて声をかけてしまった。

非常識

突然、通りから子供が消えてしまう。 家から、学校から目と鼻の先で。。とういうような事件は、このアメリカでは数え切れないほど多発している。

そんな国で、通りがかりで”送っていくよ”なんて声を かけることは、かなり非常識なんだということをあらためて私は身につまされた。。

せちがない世の中。。

ああ、なんて。。。せちがない世の中だこと。。。

かつてのアメリカでは、ヒッチハイクが普通に行われていた。そんなアメリカは、どこへ行ってしまったのだろうと。。

あの時代は、オープンな開放されたアメリカン魂が生きていた時代だったのだということを、 今、この世の中だから。。。痛感してしまう。。よね。。

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最後まで読んでいただきありがとうございました。
日本生まれですが、米国に30年間住んでいた米国籍のライターです。2014年に家族で日本に移住してきました。どうぞよろしくお願いします。

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