人生に出会いと別れはつきもの。
昨日仲良くなった方が、翌日に亡くなる耐えられない現実だってある。
音楽もそう。
大好きなミュージシャンだって、いつかは必ず死ぬ。
活動中に亡くなってしまったらもうその姿、声を聴くことができない。
しかし、ボーカルが亡くなった今でも活動を続けているバンドがいる。

フジファブリックとは

出典 http://www.fujifabric.com

左から金澤ダイスケ(key)、志村正彦(vo. & gt.)、山内総一郎(gt.)、加藤慎一(Ba.)

フジファブリック、邦楽ロックファンにはすぐピンと来るバンドだろう。
フジの愛称でおなじみ、通称「七色ロック」と称されるロックバンドである。
メンバーは志村正彦、金澤ダイスケ、加藤慎一、そして山内総一郎の4人編成。
かつてはドラムも含めた5人編成で活動を行っていた。

彼らの音楽は独自色が強く、「銀河」、「Sufer king」と常人から見ると意味不明な変態ロック、「陽炎」、「Sugar!」のような突き抜けたポップ、そして「茜色の夕日」、「若者のすべて」に代表される郷愁漂うバラードと多彩な変化球を持つ。
これらの変化球は当時のシーンには斬新であり、4th album「CHRONICLE」はオリコンTOP10入り。
誰もがブレイクを疑わなかった。
大げさに言えば、ロックシーンの顔になれるポテンシャルも持っていた。
しかし・・・。

叶わぬ夢

2009年12月24日。
衝撃のニュースが日本を駆け抜けた。

「フジファブリックのボーカル、志村正彦 死亡」

誰もが耳を疑った。
いや、信じたくなかった。
しかしながら無情に過ぎる時間、走り去る電車の音が現実だと思い知らせる。

それは事実上、フジファブリックというバンドの死を意味した。

悲しみの冬

その影響はすぐに現れた。

COUNTDOWN JAPAN 09/10では、奥田民生、氣志團、TRICERATOPSがフジの楽曲をカバー、別のライブではくるりの岸田が号泣したらしい。
この名だたるビッグネームがフジの曲をカバーしたことに、業界全体が悲しみに暮れていることは言うまでもなかった。
レンタルショップTSUTAYAのフジファブリックコーナーからすべての作品が消える店舗も発生したが、何より衝撃だったのは12月30日、誰もいないEARTH STAGEだった。

この日の映像は今ではなかなか見れないのだが、そこにあったのは悲しみ
踊りたくても踊れない、そんな悲しみのEARTH STAGEだった。
この風景は今でも語り継がれている。

ラストアルバムと噂された「MUSIC」

それからフジファブリックは志村が残した楽曲を元に、5枚目のアルバム「MUSIC」をリリース。
これが正真正銘、志村正彦が残した最後のアルバムだった。

この時誰もがフジファブリックの終了を覚悟した。
もう彼らには会えない。
彼が残した子供たちも、もう表舞台には立てないのだと。

その一方で、かすかな希望もあった。
バンドのギタリスト、山内総一郎がボーカルを担当する曲が2曲も存在したのである。

これがバンド再始動の序章になることを予測したものは誰もいなかった。

(続く)

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