ちょっと恐ろしげな「お話」を思い出したので書いてみようと思います。




「大金、持ち逃げ」

これは、「住」の仕事をしていたときのお話です。

あれは確か、あと一ヶ月ちょっとで年の暮れを迎えるという11月末、時間は、お昼過ぎぐらいだったと思います。

その日、私は社長と一緒に車で物件の下見に出かけていました。

その帰り道でのことです。


「あっ、谷原(仮名)さんや、歩いてはるわ」

信号待ちをする車の助手席から、顔見知りの同業者が歩道をこちらに向かって歩いて来るのが見えました。

「そらぁ、歩くやろ」と社長。

「そうなんですけどね、谷原さんって、どんなに近くでも、ついそこっていうところでも絶対に車で移動する人やから、歩いている姿を見るなんて珍しいな?と思って」と私。

「独立してやってる事務所が、このへんなんちゃうか」と社長。

「ふぅ~ん、そうなんですか、お昼でも食べて事務所に帰りはるんですかね」と私。

「あぁ、そうちゃうか、それはそうと谷原といえば・・、独立して3年、これは人から聞いた話しやけど、なかなか内情は苦しいらしいで、それでかはしらんけど、今はあんまり評判のええないヤツと組んで仕事してるらしいぞ」と社長が言いました。


〝評判のええない・・、は、危ない人?という意味ですか〟と頭に浮かんだ瞬間、社長が慌てて、


「あっ、おまえ、窓開けて声かけるなよ!いらんことはせんとけよ」と私に言いました。

私は社長から釘をさされたのと、信号が変わり、車がゆっくりと前に向けて動き出したのとで、珍しく歩いている谷原さんを横目に見ながら通り過ぎ、その後ろ姿をチラリと振り返って見たのが最後でした。




そして、その翌々日、

「谷原のヤツ、大金持って夜逃げしたらしいわ」と事務所に出勤してきた社長の第一声に驚いたのでした。

それも、お金を持って逃げたのが、あの歩いている谷原さんを見た日の夜だったのだそうです。


このとき谷原さんが持ち逃げしたお金は、初め「2000万」と言われていたのですが、日を追うごとに人の口から聞こえてくるのは「いや、3000万や」「違う、6000万や」と、なぜか段々と金額が増えていったのでした。

ですから、谷原さんと一緒に消えたお金が本当はいくらなのか、はっきりとした金額は分からないままでした。




「逃亡先・・3年後」

谷原さんが大金を持って夜逃げしたという話しは、あっという間に同業者仲間に広まりました。

そして、それを聞いた誰もが「短くて3ヶ月、長くても半年以内には警察に捕まるやろう」といっていたのです。

ですが、谷原さんは3ケ月経っても、半年経っても、警察には捕まりませんでした。


何人かの人は「あいつ、上手いこと逃げよったな」といっていたそうですが、同業者の中でも土地関係をメインに扱う仲間内では、

もしかしたら生きてないのかもしれんな」と噂されていると、ある土地屋さんが教えてくれました。


「えっ、それはどうしてですか?」と聞く私にその人は、

「あいつが逃げる前にやってた仕事は、あちら関係の危ない仕事をしていたらしいんや。そやから持って逃げた金も、あちら関係の人間が絡んでると思うからな、もし警察より先にあいつらに見つかったら、もう今頃は土の下か、水の底やろう。
これだけ警察が捜しても見つからんのは、そういうことやと俺は思てるねん」と言いました。




そして谷原さんが警察に捕まらないまま3年の月日が流れ、その話を忘れかけていたある日、あの土地屋さんが、

「谷原のヤツ、沖縄に逃げたらしいわ」と教えてくれました。

なんでも、その土地屋さんの言うには、警察も谷原さんが沖縄に逃げたまでの足取りはつかんでいるが、そこから先が、どこに逃げたのかが分からないままということでした。


「俺の勘も鈍ったな~、それにしても谷原のヤツ、上手いこと逃げきったみたいやな。
それに、あれだけの大金持って逃げたんやから、今頃はどこかで悠々自適の生活してるんやろうな」と土地屋さんは言いました。


このとき谷原さんが持ち逃げしたという大金は、

逃げる前日の取引で預かったお金が5000万ちょっと、

金庫に入っていたお金が3000万と少し、

この両方を合わせた8000万以上のお金を持って逃げたのだそうです。



この話を聞いた時は、そのお金の額にも驚きましたが、

なぜに?それほどはっきりとした金額が分かるのが不思議で、おまけに金庫の中のお金の額まで分かるのかが不思議で、その土地屋さんに「どうして、持って逃げた金額までわかるんですか?」聞いたところ。


「蛇の道は蛇やで、あいつがやっていた取引は土地がらみや、土地に関する情報ならあっという間に入ってくる。早い、早い、もう皆知ってるわ」と言いました。

〝つまり、それは、土地関係の仲間内では3年前の、あの日に消えたお金がいくらかと言うことは既に知っていた〟が、仲間内以外には漏らさなかった。

ということは…、

大きな金額が動く儲け話は、なるべく人に知られずにということなのだろうかと、チラリと思ったことを覚えています。




「身元不明・・5年後」

それからさらに月日は流れ、大金持ち逃げ事件から5年が過ぎ、その事件を知っている人たちも、「そういえば、そんなことがあったな~」というくらいに、普段の生活からは完全に忘れ去れていたある日のこと、

地元〇〇市の山の雑木林から、身元不明の白骨遺体が発見されたと、夕方のニュースでチラリと報道され、翌日の新聞の片隅にも記載されました。

でも、まさかその身元不明の白骨遺体が、大金を持って沖縄に逃げたとされていた谷原さんだとは、このとき誰も思いませんでした。

(私も、夕方のテレビニュースでチラリと聞いて知ってはいましたが、まさが、その身元不明の白骨遺体が、谷原さんだとは結びつけて考えもしませんでした。
ですから、「あの山かな?」とは一瞬思いましたが、自分には関係無いことと、耳から聞いて、そしてすぐに忘れてしまっていました。)


そして、その報道がされた一週間後でした、あの土地屋さんがやってきて…。




「あの白骨遺体、谷原やったらしいぞ」と言いました。

「えっ?」と聞き返す私。

「ほら、一週間前の新聞に小さい記事で載ってたヤツや」と土地屋さんは言いました。

「あの、〇〇市(地元)の山の雑木林のですか?」と私。

「そや!それや、それ」と土地屋さんは言いました。

「ええぇー、うそ!だって谷原さんは、沖縄に逃げてたんと違うかったん?」と驚きすぎた私は大きな声で土地屋さんに聞き返していました。


なぜそう聞き返したのかというと、そのとき一瞬にして(素人考えですが、)白骨になるくらい時間が経っているということは、沖縄に逃げたというのは嘘だったのではないかと思ったからでした。



「名刺入れ」

「それがどうも違うらしい」と土地屋さんは言いました。

土地屋さんが、他の土地屋さんか聞いてきた情報によると、警察は5年という年月が経過していましたが、その間も地道な捜査を続けていたのだそうです。

それに、警察は当初から、谷原さんと組んで仕事をしていた人(男性)を疑っていたようなのです。


「どういうことですか?」と私が土地屋さんに聞くと、

「うん、まず一番に、谷原が大金を持って逃げたと言いだしたんは、そいつなんや、他の誰も、本当に谷原がお金を持って逃げたがどうか知らんということや」と土地屋さん。

「ふぅ~ん、でぇ?」と私。

「次にや、持ち逃げした金の金額がコロコロ変わることやな。
俺らは初めから知ってたけどな、そいつは警察に聞かれるたびに、初め2000万やいうてた金額が、いや、間違えた3000万やった。

いやいや違う、6000万とかなんとかいうて、谷原が持って逃げた金の総額がコロコロ変わって、聞くたんびに金額が段々増えていくのをおかしいと、警察もそいつに対して疑問を持ったみたいやな」と土地屋さん。


「ふぅ~ん、だから噂で聞こえてきた、谷原さんが持って逃げたお金の金額がバラバラやったんや。でも、沖縄に逃げたのは?どうしてそうなったんですか?」と私。

「それも、そいつがいうたんや警察に、谷原が沖縄に逃げたみたいやってな」と土地屋さん。

「ええぇ~、警察に嘘ついたということですか?自分が疑われないように筋書き書いたということですか?」と私。

「そうや、なんでや思う?」と土地屋さん。

「ええー、そんなん分からんし」と私。




土地屋さんが話してくれたのは・・、

その日の夜(谷原さんが、大金を持ち逃げした夜)、
無事に契約が済み、5000万のお金を預かった谷原さんとその人は、金庫に入れていた3000万のお金と合わせて8000万を、

あるところ(あちら関係の人のところ)に、すぐに持っていかなければならなかったのだそうですが、
その場に現れたのは「谷原が、お金を持って逃げた」と言って、その人一人が現れたのだそうです。

多分、そのときにはもう谷原さんはその人に殺されて、雑木林の土の下に埋められたんやろうと土地屋さんは言いました。

ただ死人に口なしで、どちらが正しいのかは分かりませんが、その人がいうには谷原さんが自分を騙してお金を独り占めして逃げよとした。だから、もめた拍子に谷原さんを殺してしまった。

それで、このままでは自分が人殺しになってしまうから、お金を持って谷原さんが逃げたことにしたと言ったのだそうです。





「まぁ、どこまで本当は分からんけどな、そやけどな、仮に、そいつが言うてることが本当やったとしようか。それならなんで、それを、あいつらに言わんかったんやということや」と土地屋さんは言いました。

「はっ?誰にいうの??」と私。

「そやから、本当に谷原が金を持って逃げようとした。だから、もめて殺してしもうたって、あちら関係に相談してたらや、そいつの言うことが本当ならや、あちら関係の人間が分からんように後始末してくれるはずや」

と、土地屋さんは、それはそれは恐ろしいことをいわはります。


「・・・・・・・」思わず怖すぎて無言になる私。

世の中にはドラマや映画みたいなことがあると思ったのですが、よく考えてみると、そうでは無くて現実にそういうことが起きるから、ドラマや映画になるのかと頭の中を整理していると…。




「まぁ、そいつも命拾いしたわな」と土地屋さんが言いました。

「えっ、どういうことですか?」と私。

「そやからや、あちら関係はそいつに騙されて、金は谷原が持って逃げたと思ってた。
けどや、谷原はそいつに殺されて土の下や。
つまりは、自分の金を本当に盗んだ泥棒を信じて、その後も取引してたんやから、あちらさんからしたらや、そいつに思いっきり顔に泥塗られたってことや」と土地屋さん。

「あぁ・・」

「だからな、そいつは警察に捕まってよかってん。警察なら裁判にかけられて刑務所いかなあかんかもしれんけどな、あいつらに捕まったら、それこそ何されるかわからん。まず間違いなく最後は土の下か、水の底やな。

けど、その前に顔に泥縫った分がな~、生き地獄違うか?それにそいつも所詮は素人や、なんでもあの白骨死体が谷原やって分かったんは、名刺入れやったらしいぞ」と土地屋さんは言いました。


「名刺入れ?」

土地屋さんの話によると、その人(犯人)は、身元が分からないように谷原さんの所持品はすべて取り去り埋めたらしいのですが、なぜか、名刺入れだけが残っていたのだそうです。

どんな風に残されていたのかは知らないが、谷原さんの奥さんが、その名刺入れを見て「これは、主人の物です」と断言したのだそうです。

多分、その名刺入れには、奥さんしか知らない谷原さんの物だというなにか証拠があったのだろうと土地屋さんは言っていました。

そこから、5年間止まっていた事件が解決に向けて一気に動いたのだそうです。




この話の顛末を聞いて、

人間は大金を目の前にしてしまうと、その誘惑に負けてしまうのかもしれません。

それとも、魔が差してしまうのかは分かりませんが、人の欲望とは恐ろしいものなのだと思ったことと、どんなに時間がかかったとしても、真実は表に現れるものなのだなと思ったのです。


そして、隠されてしまった真実を表に出すために、地道な捜査を続けて、営業マンなら誰でも持っている「名刺入れ」から犯人を見つけ出した、日本の警察は優秀なのだと改めて思ったのでした。



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知らないことが知りたくて、メンタル、カルマ、礼法に漢方スクール…etc.とお勉強。で、ですね、人を動かしているのは無意識、でも、この無意識を味方につけるとスゴいんだ~と気づいたら…、なぜか、「えっ?!そうくるかぁ~」と、色んな場面に遭遇しれしまう…という面白いことが起こりだすのでした。

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