出会いが無くてさあ…、とため息まじりに話す友人に対して僕は声を荒げました。同じことを何度も繰り返す友人が面倒臭くて、その話題に終止符を打ちたかっただけかも知れません。

「はあ?そもそも“出会い”は自分で見つけるものやろ。自分で探せ。機会を作れ。フロンティアスピリッツ。それに人類の半分は女だ。身近なところに絶対、出会いは転がっている。お前が気付いてないだけ」

おお、生れて初めていいこと言ったね、友人は僕を称賛し、尊敬の熱い眼差しで見つめ返します。ただ偉そうに説教を垂れた僕ですが、その内実、当人は異性に全然モテず、“出会い”を勘違いしているようでもありました。モテない者がさらにモテない者をなじる図式。築年数が経ち過ぎた古いコンクリートマンションの一室、いい歳した男が二人で共同作業、べちゃべちゃで味が薄い手作りカレーを食べながら、悲しい夕暮れでした。

長澤まさみ

僕が住む、その単身者向けの古いマンションには「長澤まさみ」が住んでいました。

正確に言うなら、「長澤まさみ」にどことなく雰囲気が近く、黒髪ショートボブが良く似合う、微笑んだ顔が愛らしい若い女性が住んでいました。近くにある医療系の専門学校に通う生徒、もしくは月曜日だけは彼女の赤い自転車が駐輪場に停まったままだったので、美容師なのかな、と予想していました。

彼女とは仕事からの帰り、エレベーターに乗り込むときに度々、顔を合わせました。生活リズムが似通った、僕とほぼ同世代と思われる、いつも水泳バッグみたいなスケルトン素材のバッグを片手に下げ、玉の形が浮き出るぴったりしたズボンをはいた小柄な兄ちゃんは、エレベーターの閉ボタンを、駆け込む僕と目が合っているにも関わらず、さっと押して上階へ上がるなかなか腹が立つ野郎でありましたが、対照的に「長澤まさみ」「乗ります?どうぞ」とにっこり微笑んで、開ボタンを押したまま、僕をじっと待っていてくれるのです。可愛くて礼儀正しく、愛想もいい、僕は彼女の事が頭から離れなくなりました。このマンションのどこかに彼女が住んでいるんだと思えば、一人で散らかった部屋に寝転んでいても、むふふ、と薄気味悪いにやけ顔をしてしまうのです。好きになるまで大して時間は掛かりませんでした。

(これは出会いだ!運命だ!)

あふれる気持ちを抑えきれなくなってしまった僕は、作戦を練りました。エレベーターで二人きりになる短い時間で、彼女にインパクトを与えねばならない、まずは僕という存在を知って貰わねばならない、当然、不審者扱いされない範囲で、僕は同じマンションに住む者同士、共通の話題で盛り上がり、軽妙で楽しいトークをしようと思い立ち、実行しました。その日はすぐにやってきました。目論見通りエレベーターで二人きりになると、僕は緊張で上擦った声で、練りに練った面白い話を放ちました。

「昨日の朝、ベランダで布団干して仕事行ったら、まさかのゲリラ豪雨。帰ってきたら、布団びちゃびちゃでしたよ」

「あらら」

あっ、じゃあ、僕は気まずい思いで先にエレベーターを降りました。トークが弾むには時間が短すぎました。エレベーターはすぐに到着するのです。言葉のキャッチボールはあっけなく一回で終了しました。彼女とは、すれ違う時に挨拶する程度の関係から先には進みませんでした。

それから週末の夜、ベランダで煙草を吸っていると、今風のファッションに身を包んだ若者と寄り添って楽しそうに歩く彼女を眼下に捉えました。車のキーらしきものを手にぶら下げ、スキップしながら軽い足取りです。弟かな、と思おうと努めますが、その密着度と嬉しそうな様子は完全に男女の関係であるようです。僕は二人の姿を週末のたびに頻繁に目撃するようになります。

(おやおや今日も、カレシとドライブですかい?)

何の予定もない僕は、ただ一人ベランダで紫煙が流れる行方をぼーっと眺めるだけでした。カレーの鍋がぐつぐつ煮えて、食欲をそそる匂いが部屋を満たしていました。

スザンヌ

「スザンヌみたいっすね」

僕の指差す方向へ視線を走らせた後輩は、そう評価しました。トンカツ屋で働くハーフ系の美女店員でした。当時、僕は彼女に会いたい一心で足繁くトンカツ屋に通っていました。別にそこまでトンカツが好きなわけでは無いのです。彼女は他人からどう見えるか、それを知りたくて後輩を店に連行したわけです。おかわり自由の漬物、キャベツ、ごはん、味噌汁を頼むため、何度も店員呼び出しボタンを押します。勿論、彼女と少しでも接触したいためです。正直、腹はパンパンでおかわり出来る状態ではありません。

席によって担当が違うのか、スザンヌはちっともやって来ません。代わりに相撲が強そうな下半身のどっしりした年増が、何度もおかわりを頼む僕らに、不機嫌を露わにした対応で、どん、と乱雑に漬物皿を置きます。

「あっち、めっちゃ楽しそうっす」

後輩がスザンヌの方向へ顔をやり報告します。なるほど、やはりスザンヌは人気らしく若者グループと談笑している様子です。内心、くそう、と毒づきます。

僕だってスザンヌと話したいのです。いつも遠くから憧れの視線で眺めるだけ、だったわけでは決してなく、会話を交わした経験もあったんです。

初めてそのトンカツ屋を訪れた時、僕は知った顔を発見しました。以前働いていた飲食店で同僚だったおばちゃんです。お局的な存在で、新人いびりが激しかった、細いキツネ目のおばちゃんです。土砂降りの雨の中、僕は勤務中におばちゃんの携帯電話の解約をするよう命令され、つまりパシリに使われたこともありました。本人確認書類がいると携帯ショップで一旦追い返され、僕はずぶ濡れになりながら、店と携帯ショップを結局二往復する羽目になった苦い思い出です。通りすがった女性店員を呼び止めました。

「ねえ、あれ○○さんよね。大丈夫?いじめられてない?」

「…そんなの言ったらだめですよ」

しいーっ、と口を指に当てた所作が、なんとも可愛かったのです。ハーフですか?と問うと、日本人ですよお、と甘ったるい声で答えた女性店員、それがスザンヌでした。小柄で大きな尻をふりふり揺らしながら配膳する後ろ姿に、劣情を駆り立てられたのです。

その日。僕は近所の本屋で、スザンヌを発見しました。女性ファッション誌を一人で立ち読みしています。僕は雑誌を読むふりをしながら、ちらちら彼女を盗み見します。全くこちらに気付く気配はありません。僕は話し掛けるかどうか、大いに悩みます。

(ガッツ!出会いは、自分で作る!)

意を決して、スザンヌの横に、ぬう、と立ち声を掛けました。

「あの、トンカツ屋の○○さんですよね?オレ、わかります?」

「…えっ。は、はい。…いえ。…わかりません」

蚊の鳴くような声、というのは、この時のスザンヌの声を表現したものに違いないように思われました。本当にか細い声でした。彼女は後ずさりして、女性誌を開いたまま、顔と上半身をガードするような姿勢を崩しません。表情は完全に怯え切っています。

通報される、そう危険センサーを感じ取った僕は、そそくさとその場から逃げ出しました。家路を急ぎつつ、なぜだ、結構店行ってたじゃないか、オレ存在感ないのか、もうトンカツ屋行けねえ、様々な想いが交錯し渦を巻きます。後で顛末を後輩に話すと、意外な答えが返ってきました。

「もしや、あの変な格好で話し掛けました?あれ、完全に不審者ですよ」

当時気に入って毎日着用していた、ごつい革のフライトジャケットに野球帽、といったスタイルが元凶だと言うのです。僕は鏡を眺め、たしかに、と呟きました。

この記事を書いたユーザー

久留米の爪切り このユーザーの他の記事を見る

男は久留米という砂漠の中の一粒の砂であり、クルマ、金、女に縁がないライター志望の孤独で吝嗇な三十路だった…http://ameblo.jp/kt660cc http://tabelog.com/rvwr/002224433/

権利侵害申告はこちら